彼方からの手紙。

ゴールデンウィーク早々ものすごい幸運に恵まれてしまった。

あまりのツキに、未だに夢の中にいるような気分である。

きっかけは

昨日の昼に届いた一通のE-メールだ。

見たこともない差出人の名前に、はじめのうちは半信半疑だった。

知らない人からのメールなんて、普通はほぼ鉄板でインチキや出会い系なのだが、他人に惜しげも無くこんなに素晴らしい申し出をする人がいるなんて。

まさにWhat a wonderful world。未来はバラ色である。

年末に買った宝くじも、明治時代なら家が買えるくらいの額が当たったし、今年は空前絶後のゴールデン・ラッキー・イヤーだと思う。

メールの 差出人の

名はミスター・ジョンソン・ピータース/JOHNSON PETERS。

ビジネス上でぼくの助力が欲しいらしい。

格調高い英語で丁寧な自己紹介をした後、用件が簡潔かつ的確な表現で書かれている。

簡単に言うと、こうだ。

彼は

ある国の国営石油会社の主任会計士(senior accountant)で、石油の権益を管理し、外国と交渉する原油管理委員会と繋がりがある。

その国の油田を開発するにあたり、日本の銀行の口座が必要なのだという。

なんでも日本の企業が油田開発に投資するためだとか。

残念ながら彼の国の銀行では投資先の会社の信用がないし、彼は日本の銀行に口座を持つことが出来ない。

そのために、日本人の協力者(つまりぼく)の口座が必要なのだという。

彼の話では

日本の銀行に口座を開設できて投資を得られれば、すぐにでも原油が出る状況らしい。

原油が出た暁には彼に約1540万USドルが入るのだそうだ。

1USドル=110円とすると、約17億円!!!!

 口座を貸す見返りとして

ぼくには25%をくれるという。約4億円あまり。

70%は彼と彼のパートナーが取り、残りの5%を諸雑費にあてるのだそうだ

日本の会社から投資を得るために、銀行口座を貸すだけで莫大な利益が得られる。

こんないい話は二度とないと思い、即座に自分の名前や住所、電話番号、

自分の銀行の口座番号や暗証番号などをメールで送った。

メールを

送って数時間後、ほんのさっきジョン(今ではニックネームで呼び合う仲だ)から電話があった。

嬉しそうな声でジョンが言った。

「ほんとうに有難う。心より感謝しているよ、マイベストフレンド。

言い忘れたけどマイフレンド、報酬は現物支給なんだ。

君のぶんの原油、いつ取りに来る?」

そういう事情で、

近いうちに、ナイジェリアまで分け前を取りに行く。

誰か、大きめのポリタンク貸してください。
(hirokatz.tdiary 2003年1月9日を加筆再掲。先日はフランスの大金持ちの未亡人、マダムAlice Aliからメールをいただきました)

 

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だまし屋たちの格差学

 

amazonマーケットプレイスを舞台に横行している詐欺は、いまだ収束していないようだ。

相場よりかなり安い値段と「出品者に対する評価」の☆がついていないこと、出品者のプロフィールが不自然な日本語であることなどが詐欺師ではないかと疑うポイントで、さっき(2017年4月30日未明)みたら、某ベストセラー本の最安値はやはりそういう出品者のままだったし、数万円するプロジェクターにも1900円くらいの新品を出品している業者がいた。あぶないあぶない。

 

今回のマーケットプレイス詐欺に限らず、一見幼稚に見える詐欺は多く、その理由は詐欺師が自らの生産性を高めるためだ、と先日述べた。

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要するに、ひっかかりやすそうな人たちだけを選別して詐欺をするために、わざと稚拙な手口で詐欺被害者を「募集」するわけだ。いかにも詐欺ですよという文面に引っかかる人、優良なカモ物件は、途中で詐欺だと気付く確率が低い。詐欺師にとって無事最後まで詐欺が完走できるわけで、その選別を稚拙な手口によってしているという話である(ネタ元は瀧本哲史『戦略がすべて』新潮新書 2015年 p.137-138)。

そんなことを書いたら、「詐欺も二極化しているのではないか。稚拙なものと、巧妙なものに」というご意見をいただいた。なるほど。

 

稚拙な詐欺と巧妙な詐欺の格差は、詐欺を仕掛ける相手が違うことによって生まれてくる。

今回のマーケットプレイス詐欺や振り込め詐欺など不特定多数から詐欺対象を抽出する場合には稚拙な手口が採用される。一方、「これぞ」という特定のカモに狙いを定めて実施される詐欺は精緻で巧妙なものとなる。

「ぬるい」カモを探す場合にはあえて稚拙な手口の詐欺師が跋扈し、「太い」カモから巻き上げる場合には巧妙な手口の詐欺師が暗躍する。ローエンド詐欺とハイエンド詐欺とでも名付けよう。

ハイエンド詐欺の場合、カモられる側は狙われるだけの大金を持っている人々で、たいていの場合はそういう人は注意深い。ハイエンド詐欺では周到な準備が必要だ。

 

たとえば地下カジノで太いカモから巻き上げる場合には、店舗まるごとでっち上げ、店員もほかのお客も全部「仕込み」だったりするという。

他人の土地を売りつける「地面師」の場合も相当手が込んでいる。

ご用心! 不動産のプロまでダマされる「地面師」たちの手口(森 功) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)

 

こうした巧妙な詐欺師、ハイエンド詐欺師になればなるほど、見た目はフツーになってくる。いかにも詐欺師、というような風貌では、海千山千の「太い」カモは引っかからない。

 

水商売のプロの女性相手の詐欺師「竿師」も、ホンモノはむしろ地味だ。いかにもジゴロみたいな派手な風体ではダメで、男を見る目に肥えたプロの女性をだますには

<見てくれにしても、真面目にやるけれど不運続きで芽が出ない、といったような、優しい心の持主だけど、くすぶった様子が堅気の娘さんには気に入ってもらえず、恋人も出来ない独り者だから、月に二度ほど遊びに来るというような役柄がいちばんいい(略)>(安倍譲二『塀の中の懲りない面々』文春ウェブ文庫収載 「プロフェッショナル・トゥール」より)

 

のだそうだ。

 

「太い」カモ相手のだまし屋ほど、見た目は地味だ。

もっともスケールの大きいだまし相手といえば国家。国家規模のだまし屋であるスパイも、想像以上に地味だったりする。

 

<基本的にいって、情報部員は二つのタイプにはっきり別れる。

 第一は誰の注意もひかぬ、特徴もない凡人である。彼は物静かで、落着いており、けっしてでしゃばらない。態度はしばしば控え目で、はにかみ屋でさえある。服装も地味、話しぶりも地味、物腰も地味である。これは特徴のない平凡な女性でもよい。道を通り過ぎても、誰もその女性を振り返ってみることはない。要するに、会ってから五分も経てば、忘れられてしまうような男女なのである。

 もう一つのタイプは目立つ人で、脚光を浴びていなければ落ち着かないといった外交的な性格の持ち主である。(略)>(ウォルフガング・ロッツ『スパイのためのハンドブック』ハヤカワ文庫 1982年  p.96)

 

アルヴェス・レイスという国家規模の詐欺師もまた、そんな地味な見た目のだまし屋だった。「史上最大の贋金造り」と呼ばれた男である。

 

<その男は見たところどこといって何の変哲もない男だった。実際の齢は二十八歳だが、二十代も後半からにわかに禿げはじめた頭の恰好のせいで齢よりかなり老けて見える。長頭型でいくぶん色が黒く、ダークスーツに身を固めたごくありきたりの風采からすると、取り立てて学歴も門閥もない、小規模の貿易商社の責任者といった役どころだろう。>(種村季弘『詐欺師の楽園』岩波書店 2003年 p.269)

 

アルヴェス・レイスは1920年代、ロンドンのウォーターロー商会をだまして偽エスクド札を大量に印刷させポルトガルに持ち込み、そのお金で当時ポルトガルの植民地だったアンゴラの鉱山の利権などを買いあさった。最終的にレイスはつかまってしまうのだが、ハイエンド詐欺だけあって彼の手口もまた巧妙だった。

 

アルヴェス・レイスの詐欺の手法の一つに、時間差空間差を利用した詐欺がある。

 

<ナッシュ自動車との取引関係から彼はニューヨークの市中銀行当座預金口座を開いていた。リスボンで小切手を振り出しても、これが船便でニューヨークに到着するまでには最低八日間はかかる。七日目に電報で裏書きをすれば、八日間は不渡小切手が有効であり、さらに、払い込みを忘れたか、遅れたことにすれば、もう一度ゴマかして小切手を切れる。

 リスボンとニューヨーク間の空間的差異を利用して、不渡小切手で二十四日間有効な十万ドルの現金をまんまと握ってしまったのだ。>(種村季弘『詐欺師の楽園』p.278)

 

時間差空間差を利用して利益を上げるのはビジネスなどでもよく見られる手法だ。

以前、アメリカの証券取引所などは特定の顧客にほかよりも少しだけ早く取引情報を提供するサービスを行っていた。特定顧客はほかの顧客より少しだけ取引情報を知ることで、莫大な利益があげられたようだが、その時間差はわずか0.03秒。フラッシュオーダーと呼ばれるこの仕組みは、不公正として今は取りやめになっている。

フラッシュオーダーとは|金融経済用語集

 

実際、精密な詐欺と巧みなビジネスや政治の手法は紙一重かもしれない。

百兆円硬貨を1つだけ政府が発行して巨額な債務を帳消しにするなんてアイディアは普通の生活者からすればトリッキーだし、タックスヘイブンの話なんかもやはり紙一重だ。そのギリギリ紙一重の差が大事だともいえるんでしょうが。

そう言えば年金問題だって「100年安心プラン」って話を聞いてからまだ10数年しか経っていないし、消費税が上がるときだって社会保障充実のためだけに使うって聞いた。カジノだって産業のない過疎地振興のためにつくるって言ってたのになしくずしだし…。

おや、誰か来たようだ。


みなさま、どうかよいゴールデンウィークを……。

 

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詐欺師の生産性ーamazon マーケットプレイスで詐欺が横行中

  

弁護士ドットコムニュースによれば、ここのところamazonマーケットプレイスで詐欺が横行しているという。

Amazonマーケットプレイスで「詐欺業者」横行…商品届かず、個人情報漏れる恐れ - 弁護士ドットコム

プロジェクターなど数万円する商品に1円など通常より格安の値段をつけて出品し、代金をだまし取るほか注文した人の個人情報も盗みとるという手法で、盗みとった個人情報は別の詐欺に使われるらしい。

【緊急警報】Amazonで世界規模の大中華詐欺が勃発中!! 被害者にならないために | More Access! More Fun!

こうした詐欺では、通常ではあり得ない安さの値段がついていたり、今まで出品経験のないにも関わらず同じタイミングで大量出品されていたりと明らかに「怪しい」ものも多い。

振り込め詐欺なんかもそうだが、よく見ればあからさまに「怪しい」設定の詐欺が多いのはなぜだろうか。「こんなのに引っかかるほうも引っかかるほうだよなあ」と思わせるような稚拙な詐欺があとをたたないのには詐欺師側からすればわけがある。

詐欺の生産性を高めるためだ。

生産性とは、利益/コストだ。

生産性を高めようとすれば、利益を増やすかコストを下げるか両方かしか方法はない。

 

伊賀泰代『生産性』(ダイヤモンド社 2017年)の序章で、新人採用の生産性向上の話が出てくる。

同書によれば、会社が10人の人を採用しようとしたときに1000人も2000人も応募が殺到するようでは生産性が低いという。

必要とされるスキルや能力を持った10人の人材が欲しいのに、基準に満たない有象無象が応募してきたら告知コストや選抜コストがかかる。だから、基準を満たす適正人材10人だけが応募してくるような採用方法がもっとも生産性が高い(コストが低い)理想の採用なのだそうだ。

 

詐欺師の生産性の話にもどる。

プロの詐欺師にとって、一定の割合で詐欺が発覚してつかまるというのは想定されるコストに含まれる。プロ詐欺師にとってはできるだけつかまらないほうがコストが下げられ、生産性があがるわけだ。

できるだけつかまらないようにするにはどうするか。

優良なカモだけがひっかかるように詐欺を設定するのだ。

優良なカモというのは平たく言えば「だまされやすい人」、「だまされても気づかない人」、「だまされたと気付いても警察に通報しない人」だ。

 

だまされやすい人、だまされても気づかない人、だまされたと気付いても警察に通報しない人、だけを選抜して詐欺にひっかけるにはどうするか。

一番最初から、だまされやすい人たちだけがひっかかるような設定で詐欺を行えばよい。

おかしな文章や相場からかけ離れた値段設定、中国やロシアといった発送元などをそのままにしておけば、優良カモじゃない人たち、すなわち注意深く、もし被害にあったらすぐ通報しそうな人たちはアプライしてこない。だまされやすい優良なカモだけがひっかかって、最後まで(詐欺師にとっての)トラブルなく詐欺が完走できるわけである。

(参考文献 瀧本哲史『戦略がすべて』新潮新書 2015年 p.137-138)

 

だから、生産性の高い詐欺はむしろあからさまに怪しい。

あからさまに怪しいままにしておいて優良なカモをひっかけるのが彼らの手口なので、「常識的に考えて、そんなうまい話があるわけはない」と思うような話には近寄らなければ詐欺にあわずに済む。
詐欺を見破る方法はいろいろある。実をいうとぼくは見破る方法を完全に身につけたので金輪際詐欺にひっかかることはない。本来ならば詐欺を見破るその方法を逐一ここに書き記したいのだが残念ながらその時間はない。

なにしろこれから、最近知り合った「油田の権利を分けてあげる」という親切なナイジェリア人にぼくの銀行の口座番号をメールしなければならないのだ。

 
↓怪しいインチキ健康情報にひっかからないために必読。

 

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4月17日20時から渋谷クロスfmで『高橋ひろかつのradioclub.style』放送です!

いよいよ本日20時から、渋谷クロスfmで第3回『高橋ひろかつのradioclub.style』放送です!
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お相手は旅人のアッキーこと大谷明氏と認知症研究の第一人者のお一人、島田斉(ひとし)先生!

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日本ほめ上手列伝

日本には、「ほめ」が足りない。

ネットやテレビでやってる「日本SUGEEE、世界がしびれる、憧れるゥッ!」的なやつじゃなくて、普段づかいのやつ。

ネットでは「いいね!」を乱発するくせに、日常生活で「いいね!」を使いこなしているのはクレイジー・ケン・バンドくらいではなかろうか。

日本には、「ほめ」が足りない。

 

足りないものには値札がつく。

普段からひとにほめられていないから、「ほめ」を求めてオジサマたちは夜な夜な街をさまよい歩く。夜の蝶から「さすが~」「知らなかった~」「すご~い」「センスい~」「そうなんですかぁ」の「ほめ」のさしすせそを手に入れるために、彼らは大金を払うことを惜しまない。嗚呼、巧言令色鮮し仁。

 

しかしそんなほめが足りない日本にも、燦然と輝くほめ上手たちがいる。もしほめ上手を目指すなら、そんなほめ上手たちから学ばない手はない。

 

日本のほめ上手といえば太鼓もち、幇間(ほうかん、たいこもち)。

夜のお座敷の雰囲気づくりのプロ、幇間の歴史は長い。

そもそも「たいこもち」という名前は、豊臣秀吉の側近曾呂利(そろり)新左衛門がしょっちゅう「太閤、いかがで、太閤、いかがで」と言って太閤秀吉を持ち上げていたから「太閤もち」→「太鼓持ち」というようになったという説があるくらいだ(諸説あり。小田豊二『悠玄亭玉介 幇間の遺言』集英社文庫 1999年p.28)。

ちなみに幇間というのは酒間を幇(たす)けるという中国の言葉からきている(同書同頁)。

 

さて、最後の幇間と呼ばれた悠玄亭玉介が、こんなことを言っている。

とにかく相手に惚れてみな、と。そしてそのためには

<あたしはね、とにかくまずお客様の顔を見ることにしてた。

 目とか鼻とかおでことか、じーッと見る。そうすると不思議だね。いいところが見つかるんだよ。人間てのは、不思議なもんで、どんな人でも二カ所はいいところがある。目つきがいいとか、口に愛嬌があるとか、鼻がかわいいとかさ。顔じゃなくたって、笑い声が子供みたいだとか、姿勢がいいだとか。

 もちろん、金払いがいいってえのが、あたしにとっては最大の魅力だけどね。>
(上掲書 p.260)。

どんな人でも二カ所はいいところがある。一カ所と言わないところが粋ですね。

87歳まで活躍した玉介は<人に惚れ、仕事に惚れ、自分に惚れる。それがあたしの長生きの秘訣よ。>(p.289)とも言っている。

 

よく見て言葉を発する職業といえば小説家。

小説家井上光晴を追ったドキュメンタリー映画『人間小説家』の中で、よく思い出すシーンがある。たしか、こんなシーンだった。

井上光晴がお弟子さんの女性とチークダンスを踊る。そこはかとなく色気が漂う。

女性は六十前後くらいだろうか。

女性がインタビュアーに語る。

「先生はね、私のことほめてくださったの。耳たぶが可愛いって」

そういいながら女性はほんのり頬を染める。

「今までそんなこと言ってくれる人なんていなかったから。でもね、何十年も前……亡くなった両親がそう言って私をほめてくれた。耳たぶが可愛いって。誰にも言ったことはなかったけど」

ほめの一言が幸せな子供時代をよみがえらせ、女性のモノトーンの日常をフルカラーに変えたのだ。相手をよく見、言葉を選びぬき心を射抜く。まさにほめの達人と言うべきであろう(1)。

 

ちょっとひねった「ほめ」もある。

サッカー日本代表の監督だったイビチャ・オシム氏は数々の名言で知られる。

オシムは選手に対しても辛辣で厳しい言葉を浴びせ続けたが、それだけではなかった。

<「ずっと厳しいことを言っておいて、ふとした時に、ポンと『もうワールドカップ出場を狙っていないのか』とか、『もっと上を見いいんだぞ』とか、声をかけるんです。例えば阿部やいろいろな選手に、お前たちは代表の選手に劣っている部分はそんなにないんだから、もっと上を見ていいんだと、言ってくれたりするんです。(略)」>(木村元彦オシムの言葉 フィールドの向こうに人生が見える』集英社インターナショナル 2005年 p.203。「 」内は羽生直剛選手談)。

世界が誇る名将にぼそっと「もっと上を見ていいんだぞ」と褒められたら、選手も発奮するというものだ。

ちなみに、オシムは<「言葉は極めて重要だ。そして銃器のように危険でもある。(略)新聞記者は戦争を始めることができる。意図を持てば世の中を危険な方向に導けるのだから。ユーゴの戦争だってそこから始まった部分がある」>(『オシムの言葉』p.38)とも語っている。

 

「引きのほめ」というのもある。

あえて語らないことで成立する「ほめ」だ。
政治評論家の三宅久之氏は阿川佐和子氏と会うたびに

「これはこれは。また今日は一段と……」

とだけ挨拶するという(阿川佐和子『聞く力』文春新書 2012年 p.242)。

そのエピソードについて、阿川氏はこう続けている。

<でもたしかに、「一段と……」のあとに、実のところ何が続くかはわからないのですが、言われた側としては、「一段と、おきれいで」とから「一段と若々しく」とか、そんなふうに褒めていただいたような錯覚を起こすものです。三宅さんとしても、本人を前に、歯の浮くような具体的な形容詞を使わなくて済むから、さほど負担にはならない。>(上掲書同頁)

なるほど。

 

日本の歴史の中で、ほめの金字塔といえばやはり淀川長治だろう。

一定以上の年代の人なら知らない人はいない映画評論家で、一言でいえば愛の人だ。

映画への愛、映画人への愛、視聴者への愛にあふれた淀川氏の映画解説には、「ほめ」しかなかった(2)。

「どの映画にも見所はある」が信条で、日曜洋画劇場でくりひろげられる映画解説では、どんな映画であっても決してけなすことはなかったという。たとえB級C級映画であっても彼は必ずほめるところを見つけ出してほめた。

ぼくたち「ほめ」業界の間で伝説となっている映画解説がある。

こんな感じだったようだ。

「はいみなさんこんばんは。今日の映画は、『大蛇アナコンダ』。あなたね、大蛇、出てきますよ。出てくるヘビがね、なんと、体長、5メートルも、あります。大きいですね、すごいですね、怖いですね。しかもね、アナコンダ、とても速い。くねくねくねくね、動くんですね、速いですね、すごいですね、怖いですね。 ね、あなた、なんといっても、アナ、コンダ、大きいですよお、楽しみですねえ。それではじっくりお楽しみください」(3)

大蛇が大きいとしか言っていないのだが、よっぽど大きい蛇だったのだろう。

 淀川氏は89歳まで長生きしたが、この人もまた人に惚れ、仕事に惚れ、自分に惚れた人の一人だったのかもしれない。

 

日本のほめ上手たちを振り返ってみたが、どの達人たちもかなりの人生経験を経た人々であることに気づく。「ほめ」の達人になるには、まずは自分の人生の達人にならなければならないのだ。

 

ほめ上手への道は長く険しいが、それでも明日はモア・ベター。

いやあ、「ほめ」ってほんとうにいいものですね。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。

 

(1) 映画を見たのは二十年以上前で、あえてうろ覚えのまま書いた。大きく間違ってたら直します。

(2)ただしイベントなどでは結構辛口なことも言っていたようだ。

(3)youtubeで『アナコンダ』の解説があがってないか探したが見つからなかった。残念。

 

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正しいほめかたとイタリア人

実は、イタリア人になるつもりだ。だって楽しそうなんだもん。

 

日本や英米社会が高ストレス化していくばかりなのに対し、日がな一日イタリア人はマンジャーレ・カンターレ・アマーレ(食べ、歌い、愛す)だし、なにしろペペロンチーノでエスプレッソだ。とにかく人生を楽しんでいる感じが素晴らしく、前々から日本にはラテン成分が必要だと思っている。ペスカトーレ
イタリア人のキメ台詞は「Goditi la vita」、あなたの人生を楽しみなさい、だという。ボンゴレ。(参考サイト 嘘と誓い )

 

ではどうしたらイタリア人になれるのか。やはりドルチェとか食べるのか。

文献によれば、イタリア人はとにかくおしゃべりらしい。

シモネッタことイタリア語通訳の田丸公実子氏は、ガセネッタこと米原万里氏との対談でこう述べた。
<田丸 イタリア人は口上手で話し言葉が豊富。プレゼントあげるとイタリア人は「マニフィコ!スプレンディド!ファヴォローゾ!エッチェレンテ!ペッリッシモ!」って、パーッと言う。でも日本語だと「すばらしい」しかないの。「最も美しい」なんて日本語じゃないし、「卓越した美しさ」だなんて、話し言葉じゃないし。日本語は、書き言葉と話し言葉の乖離が激しい。

米原 日本人は昔からそうなのよ。『枕草子』だって、「あはれ」と「をかし」ぐらいしか出てこないじゃない(笑)。>(『言葉を育てる 米原万里対談集』ちくま文庫 2008年 p.223)

 

そうか、足りないのは“ほめ”だ!イタリア人になるには“ほめ”に習熟せねばなるまい。

そう考えてぼくは、しばらくの間“ほめ”に励んだ。むろん、イタリア人になるためである。グラッツェ

しかしその結果は散々なものだったことを告白せねばなるまい。

手当たり次第かたっぱしから周囲の人のことをほめてみたいのだが、かえってくる言葉は

「どうも君の言うことはうさんくさいんだよね」

「心がこもってないよなあ」

「なにかたくらんでそう」

マンマ・ミーア、ローマは一日にしてならず。

 

誰かをほめるというのは案外難しいものだ。ほっておくと私たちの舌は、人の悪口を言うようにできている。

嘘だと思うなら試みに、他人をほめながら酒を飲んでみるとよい。誰かをほめながら飲み会をやっても5分で終了してしまうが、誰かの悪口を言いながら酒を飲めば一晩中だって飲み明かせるものだ。
古人曰く、<舌は火である。不義の世界である。(略)舌を制しうる人は、ひとりもいない。>(ヤコブの手紙 第三章)。

 

舌を制し、“ほめ”を極めるにはどうしたらよいか。

悩んだ末、専門家の力を借りることにした。すべてはイタリア人になるためである。

専門家によれば、正しい“ほめ”には6つの原則があるという。
すなわち、①事実を、細かく具体的にほめる、②相手にあわせてほめる、③タイミングよくほめる、④先手をとってほめる、⑤心を込めてほめる、⑥おだてず媚びずにほめる(本間正人・祐川京子『やる気を引き出す!ほめ言葉ハンドブック』2011年 PHP文庫 p.33)である。

特に⑥が難しい。

媚びへつらうつもりがなくても、まかり間違うとやはり“ほめ”ではなく“おだて”、“こび”に聞こえてしまうのが“ほめ”の難しいところだ。

 

上記の『ほめ言葉ハンドブック』には豊富な実例が載っていて参考になる。その中でも特に参考になるのが運と包丁である。

なにか仕事が想像以上にうまくいったとき、「運がいいね」と言われると腹が立つ。

しかし「運がつよいね」「強運の持ち主だね」と言われると、悪い気はしないものだ(参考箇所『ほめ言葉ハンドブック』p.63-64,p175-176)。

また同書は、寿司職人をほめるときには「見事な手さばきですね」とほめてはいけない。「素人にわかってたまるか」と無用の反感を買うからだ。
そうではなくて、「その包丁、よく切れますね」とほめるのがよいという(p.105-106)。

 

これはおそらくこういうことではないか。
ほめの対象となる人物そのものをほめようとすると失敗するが、ほめの対象人物に付随するものをほめればうまくいく。

ほめという言葉の矢を放つときに、的の中心を射抜くのは大変で、往々にして「的はずれなほめ」になる。「的はずれ」なほめは、単なるお追従である。

そうではなくて、的の周辺、ほめの対象人物に関するものごとや、ほめの対象人物が関心のあるものをほめなければならないのだ。

 

ベストセラーとなった『嫌われる勇気』(岸見一郎・古賀史健 2013年 ダイヤモンド社)にはこんな一節がある。
アドラー心理学では、子育てをはじめとする他者とのコミュニケーション全般について「ほめてはいけない」という立場をとります>(kindle版 2482/3760 )。なぜなら<ほめるという行為には「能力のある人が、能力のない人に下す評価」という側面がふくまれて>いるから(2482/3760)。

アドラーの見方では、<人は、ほめられることによって「自分には能力がない」という信念を形成していく>(2563/3760)という。だから人は、本能的にほめる人を警戒するのかもしれない。

 

アドラーの顔を立てつつ正しいほめかたを身につけるのはどうしたらよいか。その答えは『嫌われる勇気』の続きである『幸せになる勇気』にあった。

おだてずこびず、相手にイヤな感じを与えずにほめるにはどうしたらよいか。

『幸せになる勇気』が出した答えはずばり<「他者の関心事」に関心を寄せる>(『幸せになる勇気』609/3673。ただし同書自体には「ほめる」とは書いておらず他者に敬意を示す具体的な方法としている)である。

 

エウレーカ!これですべてがつながった。

相手そのものではなく相手に付随するものや相手が関心のあるものをほめよ、というのはそういうことだったのか。

寿司職人自身ではなく職人の持つ包丁をほめるというのは、職人の関心事に関心を寄せるということだし、<相手が尊敬する人物をほめる><経営者をほめる時は本棚に注目>(『ほめ言葉ハンドブック』p.100-103)というのも、まさに相手の関心事に関心を寄せることにほかならない。

ではどうしたら他人の関心事に関心を寄せる、言葉を変えれば相手への尊敬を具体的に示すことができるのか。

この答えもまたシンプルで、相手を虚心坦懐に見ることだ。

<尊敬(respect)の語源となるラテン語の「respicio」には、「見る」という意味があります。>(『幸せになる勇気』491/3673)

イタリア人になるために正しいほめかたを身に着けること。そのためには相手を尊敬し、見ることが重要ということなのだろう。

 

長くなった。

イタリア人になるための旅は、イタリア人の言葉で終えるのがふさわしい。
イタリア人といえば、パンツェッタ・ジローラモジローラモ氏はこう語る。
<私は子供の頃から人間観察が好きだった。>
<今でも私は人を観察することが好き。日常の中で人を見ることが好きだけど、特に旅行で海外を訪れたときの醍醐味は、外国の異文化の中で、いろいろな人たちの表情や癖を発見すること。>
<(略)女性に対してのみならず人をよく観察して、その人に対してのさりげないフォローができるようになったら、オトコとしてだけでなく、ひとりの人として素晴らしいことだと思うし、それが日頃、私が心がけていることでもある。>(パンツェッタ・ジローラモジローラモのイタリア式伊達男のなり方』2004年 河出書房新社

さすがジローラモ氏、いいことを言う。さっそく『LEON』を定期購読することにする。嘘だけど。

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↓病院でも、「相手の関心事」に関心を寄せるというのは大事ですね。

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『儲かる一言 損する一言』には載っていない、行列のできる小児科医のキラーワード

「うちの小児科がいつも行列ができる秘訣だって?仕方がない、特別に教えてやろう。

子どもを診察するときにこう話しかけるのがコツだ。『ボク、大きいね~、いくつ?』ってね。

だいたい半分くらいの患者さんで使える方法だよ」

先輩の小児科医が言った。

それだけで行列ができるくらい大繁盛するんですか、ほんとかなあ。

クリニック大繁盛の秘密を明かそうと意気込んでいたぼくは、なんだか拍子抜けしてしまった。

 

会計士の田中靖浩氏の新刊『値決めの心理作戦 儲かる一言 損する一言』(日本経済新聞出版社 2017年)の冒頭には、別の小児科医の行列の秘密が書かれている。
<ふつうの小児科医はまず病状を聞いて熱を測り、そのあとすぐに注射や投薬といった治療に入ります。

 しかし、その「行列のできる小児科医」はちがいました。

 お母さんから子どもの病状を「ふむふむ」と聞いた上で、

「大丈夫、すぐ治ります。お母さんが早く連れてきたおかげですよ」

 と、「母親の気持ちに寄り添う一言」をかけるのです。

 わが子を心配する母親に向け、その不安を取り除いた上で「あなたのおかげですよ」と意表を突くねぎらいの一言。

 この予期せぬ言葉に、母親は心をわしづかみにされてしまうのでありました。>(上掲書 kindle版 10/1437)

 

この『儲かる一言 損する一言』では、さまざまなビジネスシーンで差がでる「たった一言」をまとめていて面白い。

講演するためにスーツを新調しにいった著者に「講演会にはどんなお客さまがいらっしゃるのですか?」と質問することで高級スーツを購入するよう誘導した例(カラクリはkindle版 630/1437)、ふつうはメニューに「気まぐれ野菜を添えて」と書くところを「名もなき野菜を添えて」と書いてお客の興味を惹いた例(1255/1437)などなど、「たった一言」でぐぐっと「儲け」を引き寄せた事例が満載である。

 

中でもぼくのお気に入りはタコス屋さんの話だ。

アメリカにいまいち繁盛していないタコス屋さんがあった。運転資金も使い果たし、今にもつぶれる寸前のそのタコス屋に、さらなる悲劇が襲った。強盗に入られたのである。

深夜3時、タコス屋に乗りつけた怪しい男たち。

入口のガラス戸を割り、店内に侵入。キッチンを荒らし、倉庫をひっかきまわし、さんざん店内を探し回ってもお目当てのものは見つからない。最後にレジスターを奪って男たちは逃走した。
店主にとってふんだりけったりとはこのことだが、彼は「たった一言」で運命を大逆転させたのだった。
防犯カメラに映った強盗たちのご乱行をCMに仕立て、「たった一言」、こう添えてテレビ放映したのだ。
「Guy wants a taco/ヤツらはタコスが欲しがった」(上掲書 699/1437)
そのCMがこちら。

www.youtube.com

このCMを見てお客は殺到。つぶれかけたタコス屋にとって、「Guy wants a taco」は、まさに大繁盛のキラーワードとなった。

 

さて、『儲かる一言 損する一言』に出てくる小児科医の話に戻る。

病院というのは時に不親切なもので、軽症の子どもを連れていけば「こんなに軽いのに病院に連れてきちゃダメじゃないか」と怒られたり、重症の子どもで連れていけば「こんなに重くなってから病院に連れてきちゃダメじゃないか」と怒られたりする。どうせいというのだ。
そんなときに「大丈夫、すぐ治ります。お母さんが早く連れてきたおかげですよ」なんて声をかけられたら、すべての母親はその小児科医のファンになるだろう。

ぼくの先輩の小児科医もまた、「たった一言」を有効に使ってファンを増やしているドクターだ。

その秘密の「たった一言」が冒頭の「ボク、大きいね~」だが、もう少し詳しく聞いてみた。

 

「いいか、タイミングが大事なんだ。

赤ちゃん連れのお母さんが診察室に入ってくる。

いろいろと病状を聞く。

熱を測ったり胸の音を聞いたりして、軽症そうなときがいいな。

それからベッドを指さして『じゃあもうちょっと診察させてね。ポンポンみるんでそこに横になってね』と言って赤ちゃんをベッドに寝かせる。

『ポンポンみるからごめんね~』と言って赤ちゃんのオムツを外したら、そのタイミングだ。

『うわあボク、ずいぶん大きいね~!1歳半なのにずいぶん立派だね~!!』

男の子にしか使えない手だが、お母さんたちはみんな胸を張って帰っていくよ」

どうして男の子にしか使えない手なのか、なんでわざわざオムツを外したタイミングなのか、なにがどう立派なのかは専門外のぼくにはまったくナゾだが、たぶん小児科医には小児科医にしかわからない事情があるのだと思う。

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