うまい棒の穴から見る日本の危機と打開策ー君はシュガーラスク味を知っているか。

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うまい棒という駄菓子がある。
1本10円、コーンパフにさまざまな味のついた棒状のお菓子で、1979年発売以来数十年にわたって日本の子どもたちのおなかを満たしてきた。
そのうまい棒に、今変化の波が訪れているのをご存じだろうか
 
チーズ味、コーンポタージュ味、とんかつソース味、サラミ味などなど数多くのうまい棒がある中で、変化のきざしを見せたのは「シュガーラスク味」であった。
変化は味ではなく、形状に現れた。なんと、「シュガーラスク味」、中心に穴が無いのだ。
 
うまい棒といえば中空状の構造が売りだ。うまい棒は、中空状の棒構造をとることにより外部からの圧を分散させて割れにくくするとともに軽い歯ごたえを実現している。
しかし「シュガーラスク味」には、その売りである中央の『穴」がないのだ。

「シュガーラスク味」で穴なし構造を採用するまでにはやおきん・リスカ両社の壮絶な駆け引きがあった。
菓子の企画、立案をするやおきん社が現行の中空構造を要求するのに対し、実際に製造を請け負うリスカ社は激しく抵抗した。理由は人件費の高騰と後継者不足である。
そこには現代日本の縮図があった。

東京五輪を前に、どの業界でも人手不足が深刻だ。駄菓子業界も例外ではない。
人員を確保するためにやむなく人件費をあげなければならないが、それが経営を圧迫する。それを商品の値段に転嫁できればよいが、長いデフレに慣れきった消費者は価格上昇を許さない。
その結果生まれたのが穴なしうまい棒、「シュガーラスク味」なのだ。
 
つまりはこういうことだ。
10円の値段を堅持するためには、もはや既存の中空構造のうまい棒を作ることはできない。工程を一つ減らさなければならないのだ。
うまい棒のちょうど真ん中にぴったりとした穴を開け、季節や味によって数ミクロン単位で穴の大きさを変えるには熟練の技がいる。
あまり知られていないことだが、うまい棒は穴あけ職人たちが一本一本棒状の生地をくり抜いて丁寧に穴を開けてつくられている。ちなみに、くりぬいた部分の生地が「キャベツ太郎」の元になっている。
うまい棒の穴あけは熟練が要求される技だが、昨年その穴あけ職人の一人が高齢のため引退したことも響いている。うまい棒穴あけ職人のワザを引き継ぐものがいなかったのだ。
ここにもまた、日本の危機の一つ、後継者不足という問題がある。
ベテラン穴あけ職人の抜けた穴は大きかったというわけだ。

うまい棒の価格を抑え、人手不足をカバーするために取られた苦渋の策が穴なしのうまい棒「シュガーラスク味」である。これからじわじわと、穴なしの形状がほかの味のうまい棒にも広がっていくことが業界では予想されている。
人件費高騰と人手不足、後継者難という日本の危機と、それを乗り越えるためのシンプル化。うまい棒の穴からも、その気になればそんなものが垣間見えてくる。

なお、「シュガーラスク味」に穴のないのは本当だが、それ以外は全てウソなのはいうまでもない。ごめんなさい<(_ _)>

 

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

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通勤電車が遅れたときに知っておくべきたった一つの話(R)

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連休明け、乗っていた通勤電車が遅れることが続いた。

ネット情報だと某路線では「本日、多数の駅で体調を崩されるお客様が続出しているため、電車が遅れております」などというアナウンスがかかったそうで、まあ連休明けに仕事に向かって気分が悪くなってしまったりするんでしょうな。

古人曰く、<人間は、働くようには作られていない。働くと疲れるのがその証拠である>。

そうはいっても働かずに生きていける人なんてのは一握りで、どうにかこうにかみんなえっちらおっちら職場に向かうわけである。そりゃあ具合も悪くなるというものだ。

 

どこかしら我慢を抱えた通勤途中、電車の遅れというのは正直イラッとくるものの一つだ。
人身事故や車両のトラブルなどやむを得ない事情ではあるが、数十分遅れたりすると次の予定もあるしこちらも困ってしまう。

急ぎ過ぎて事故を起こすよりはマシ、何年か前には電車の運行を時間通りに行おうと無理した結果大きな電車事故が起こったこともあるし、平常心平常心と唱えるが、時には数分の遅れでもイライラしてしまったりする。
そんなときはインドの小話でも思い出して心を落ち着かせることにしたい。
何で読んだかは忘れた。

 

インドを旅行中の日本人観光客が列車の指定席券を買って、自分の座席に向かった。
指定された自分の席であるD4席に行くと、見知らぬインド人が悠々と座っている。
このやろう、図々しいやつだと猛烈に抗議するが相手は一向に動じない。それどころかお前のチケットを見せてみろと言う。
これでも見ろ、とインド人の鼻先に自分のチケットを突きつけてやるとインド人はこう言った。


「確かにチケットにはD4席と書いてますね。だが日にちが一日違ってます」。
んなわけあるか、間違いなく今日の日付だと怒ると、インド人は言った。
「私たちが今乗ってる列車は<昨日>の列車です。つまり出発が24時間ほど遅れてるんですな。
<昨日>の列車に乗るには<昨日>の日付の指定席券が必要です。私が持ってる券ですな。
あなたが持ってる券が使える<今日>の列車は、しばらく待てば来るんじゃないでしょうか。

たぶんね、明日には乗れますよ」。

24時間の電車の遅れとはびっくりするが、インド数千年の悠久の歴史を思えば24時間の電車の遅れなど誤差範囲。ましてや日本の電車の数分の遅れなど<ゼロ>に等しいというものなのである。


(FB2014年5月8日を加筆再掲)

 

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

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彼方からの手紙。

ゴールデンウィーク早々ものすごい幸運に恵まれてしまった。

あまりのツキに、未だに夢の中にいるような気分である。

きっかけは

昨日の昼に届いた一通のE-メールだ。

見たこともない差出人の名前に、はじめのうちは半信半疑だった。

知らない人からのメールなんて、普通はほぼ鉄板でインチキや出会い系なのだが、他人に惜しげも無くこんなに素晴らしい申し出をする人がいるなんて。

まさにWhat a wonderful world。未来はバラ色である。

年末に買った宝くじも、明治時代なら家が買えるくらいの額が当たったし、今年は空前絶後のゴールデン・ラッキー・イヤーだと思う。

メールの 差出人の

名はミスター・ジョンソン・ピータース/JOHNSON PETERS。

ビジネス上でぼくの助力が欲しいらしい。

格調高い英語で丁寧な自己紹介をした後、用件が簡潔かつ的確な表現で書かれている。

簡単に言うと、こうだ。

彼は

ある国の国営石油会社の主任会計士(senior accountant)で、石油の権益を管理し、外国と交渉する原油管理委員会と繋がりがある。

その国の油田を開発するにあたり、日本の銀行の口座が必要なのだという。

なんでも日本の企業が油田開発に投資するためだとか。

残念ながら彼の国の銀行では投資先の会社の信用がないし、彼は日本の銀行に口座を持つことが出来ない。

そのために、日本人の協力者(つまりぼく)の口座が必要なのだという。

彼の話では

日本の銀行に口座を開設できて投資を得られれば、すぐにでも原油が出る状況らしい。

原油が出た暁には彼に約1540万USドルが入るのだそうだ。

1USドル=110円とすると、約17億円!!!!

 口座を貸す見返りとして

ぼくには25%をくれるという。約4億円あまり。

70%は彼と彼のパートナーが取り、残りの5%を諸雑費にあてるのだそうだ

日本の会社から投資を得るために、銀行口座を貸すだけで莫大な利益が得られる。

こんないい話は二度とないと思い、即座に自分の名前や住所、電話番号、

自分の銀行の口座番号や暗証番号などをメールで送った。

メールを

送って数時間後、ほんのさっきジョン(今ではニックネームで呼び合う仲だ)から電話があった。

嬉しそうな声でジョンが言った。

「ほんとうに有難う。心より感謝しているよ、マイベストフレンド。

言い忘れたけどマイフレンド、報酬は現物支給なんだ。

君のぶんの原油、いつ取りに来る?」

そういう事情で、

近いうちに、ナイジェリアまで分け前を取りに行く。

誰か、大きめのポリタンク貸してください。
(hirokatz.tdiary 2003年1月9日を加筆再掲。先日はフランスの大金持ちの未亡人、マダムAlice Aliからメールをいただきました)

 

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だまし屋たちの格差学

 

amazonマーケットプレイスを舞台に横行している詐欺は、いまだ収束していないようだ。

相場よりかなり安い値段と「出品者に対する評価」の☆がついていないこと、出品者のプロフィールが不自然な日本語であることなどが詐欺師ではないかと疑うポイントで、さっき(2017年4月30日未明)みたら、某ベストセラー本の最安値はやはりそういう出品者のままだったし、数万円するプロジェクターにも1900円くらいの新品を出品している業者がいた。あぶないあぶない。

 

今回のマーケットプレイス詐欺に限らず、一見幼稚に見える詐欺は多く、その理由は詐欺師が自らの生産性を高めるためだ、と先日述べた。

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要するに、ひっかかりやすそうな人たちだけを選別して詐欺をするために、わざと稚拙な手口で詐欺被害者を「募集」するわけだ。いかにも詐欺ですよという文面に引っかかる人、優良なカモ物件は、途中で詐欺だと気付く確率が低い。詐欺師にとって無事最後まで詐欺が完走できるわけで、その選別を稚拙な手口によってしているという話である(ネタ元は瀧本哲史『戦略がすべて』新潮新書 2015年 p.137-138)。

そんなことを書いたら、「詐欺も二極化しているのではないか。稚拙なものと、巧妙なものに」というご意見をいただいた。なるほど。

 

稚拙な詐欺と巧妙な詐欺の格差は、詐欺を仕掛ける相手が違うことによって生まれてくる。

今回のマーケットプレイス詐欺や振り込め詐欺など不特定多数から詐欺対象を抽出する場合には稚拙な手口が採用される。一方、「これぞ」という特定のカモに狙いを定めて実施される詐欺は精緻で巧妙なものとなる。

「ぬるい」カモを探す場合にはあえて稚拙な手口の詐欺師が跋扈し、「太い」カモから巻き上げる場合には巧妙な手口の詐欺師が暗躍する。ローエンド詐欺とハイエンド詐欺とでも名付けよう。

ハイエンド詐欺の場合、カモられる側は狙われるだけの大金を持っている人々で、たいていの場合はそういう人は注意深い。ハイエンド詐欺では周到な準備が必要だ。

 

たとえば地下カジノで太いカモから巻き上げる場合には、店舗まるごとでっち上げ、店員もほかのお客も全部「仕込み」だったりするという。

他人の土地を売りつける「地面師」の場合も相当手が込んでいる。

ご用心! 不動産のプロまでダマされる「地面師」たちの手口(森 功) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)

 

こうした巧妙な詐欺師、ハイエンド詐欺師になればなるほど、見た目はフツーになってくる。いかにも詐欺師、というような風貌では、海千山千の「太い」カモは引っかからない。

 

水商売のプロの女性相手の詐欺師「竿師」も、ホンモノはむしろ地味だ。いかにもジゴロみたいな派手な風体ではダメで、男を見る目に肥えたプロの女性をだますには

<見てくれにしても、真面目にやるけれど不運続きで芽が出ない、といったような、優しい心の持主だけど、くすぶった様子が堅気の娘さんには気に入ってもらえず、恋人も出来ない独り者だから、月に二度ほど遊びに来るというような役柄がいちばんいい(略)>(安倍譲二『塀の中の懲りない面々』文春ウェブ文庫収載 「プロフェッショナル・トゥール」より)

 

のだそうだ。

 

「太い」カモ相手のだまし屋ほど、見た目は地味だ。

もっともスケールの大きいだまし相手といえば国家。国家規模のだまし屋であるスパイも、想像以上に地味だったりする。

 

<基本的にいって、情報部員は二つのタイプにはっきり別れる。

 第一は誰の注意もひかぬ、特徴もない凡人である。彼は物静かで、落着いており、けっしてでしゃばらない。態度はしばしば控え目で、はにかみ屋でさえある。服装も地味、話しぶりも地味、物腰も地味である。これは特徴のない平凡な女性でもよい。道を通り過ぎても、誰もその女性を振り返ってみることはない。要するに、会ってから五分も経てば、忘れられてしまうような男女なのである。

 もう一つのタイプは目立つ人で、脚光を浴びていなければ落ち着かないといった外交的な性格の持ち主である。(略)>(ウォルフガング・ロッツ『スパイのためのハンドブック』ハヤカワ文庫 1982年  p.96)

 

アルヴェス・レイスという国家規模の詐欺師もまた、そんな地味な見た目のだまし屋だった。「史上最大の贋金造り」と呼ばれた男である。

 

<その男は見たところどこといって何の変哲もない男だった。実際の齢は二十八歳だが、二十代も後半からにわかに禿げはじめた頭の恰好のせいで齢よりかなり老けて見える。長頭型でいくぶん色が黒く、ダークスーツに身を固めたごくありきたりの風采からすると、取り立てて学歴も門閥もない、小規模の貿易商社の責任者といった役どころだろう。>(種村季弘『詐欺師の楽園』岩波書店 2003年 p.269)

 

アルヴェス・レイスは1920年代、ロンドンのウォーターロー商会をだまして偽エスクド札を大量に印刷させポルトガルに持ち込み、そのお金で当時ポルトガルの植民地だったアンゴラの鉱山の利権などを買いあさった。最終的にレイスはつかまってしまうのだが、ハイエンド詐欺だけあって彼の手口もまた巧妙だった。

 

アルヴェス・レイスの詐欺の手法の一つに、時間差空間差を利用した詐欺がある。

 

<ナッシュ自動車との取引関係から彼はニューヨークの市中銀行当座預金口座を開いていた。リスボンで小切手を振り出しても、これが船便でニューヨークに到着するまでには最低八日間はかかる。七日目に電報で裏書きをすれば、八日間は不渡小切手が有効であり、さらに、払い込みを忘れたか、遅れたことにすれば、もう一度ゴマかして小切手を切れる。

 リスボンとニューヨーク間の空間的差異を利用して、不渡小切手で二十四日間有効な十万ドルの現金をまんまと握ってしまったのだ。>(種村季弘『詐欺師の楽園』p.278)

 

時間差空間差を利用して利益を上げるのはビジネスなどでもよく見られる手法だ。

以前、アメリカの証券取引所などは特定の顧客にほかよりも少しだけ早く取引情報を提供するサービスを行っていた。特定顧客はほかの顧客より少しだけ取引情報を知ることで、莫大な利益があげられたようだが、その時間差はわずか0.03秒。フラッシュオーダーと呼ばれるこの仕組みは、不公正として今は取りやめになっている。

フラッシュオーダーとは|金融経済用語集

 

実際、精密な詐欺と巧みなビジネスや政治の手法は紙一重かもしれない。

百兆円硬貨を1つだけ政府が発行して巨額な債務を帳消しにするなんてアイディアは普通の生活者からすればトリッキーだし、タックスヘイブンの話なんかもやはり紙一重だ。そのギリギリ紙一重の差が大事だともいえるんでしょうが。

そう言えば年金問題だって「100年安心プラン」って話を聞いてからまだ10数年しか経っていないし、消費税が上がるときだって社会保障充実のためだけに使うって聞いた。カジノだって産業のない過疎地振興のためにつくるって言ってたのになしくずしだし…。

おや、誰か来たようだ。


みなさま、どうかよいゴールデンウィークを……。

 

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詐欺師の生産性ーamazon マーケットプレイスで詐欺が横行中

  

弁護士ドットコムニュースによれば、ここのところamazonマーケットプレイスで詐欺が横行しているという。

Amazonマーケットプレイスで「詐欺業者」横行…商品届かず、個人情報漏れる恐れ - 弁護士ドットコム

プロジェクターなど数万円する商品に1円など通常より格安の値段をつけて出品し、代金をだまし取るほか注文した人の個人情報も盗みとるという手法で、盗みとった個人情報は別の詐欺に使われるらしい。

【緊急警報】Amazonで世界規模の大中華詐欺が勃発中!! 被害者にならないために | More Access! More Fun!

こうした詐欺では、通常ではあり得ない安さの値段がついていたり、今まで出品経験のないにも関わらず同じタイミングで大量出品されていたりと明らかに「怪しい」ものも多い。

振り込め詐欺なんかもそうだが、よく見ればあからさまに「怪しい」設定の詐欺が多いのはなぜだろうか。「こんなのに引っかかるほうも引っかかるほうだよなあ」と思わせるような稚拙な詐欺があとをたたないのには詐欺師側からすればわけがある。

詐欺の生産性を高めるためだ。

生産性とは、利益/コストだ。

生産性を高めようとすれば、利益を増やすかコストを下げるか両方かしか方法はない。

 

伊賀泰代『生産性』(ダイヤモンド社 2017年)の序章で、新人採用の生産性向上の話が出てくる。

同書によれば、会社が10人の人を採用しようとしたときに1000人も2000人も応募が殺到するようでは生産性が低いという。

必要とされるスキルや能力を持った10人の人材が欲しいのに、基準に満たない有象無象が応募してきたら告知コストや選抜コストがかかる。だから、基準を満たす適正人材10人だけが応募してくるような採用方法がもっとも生産性が高い(コストが低い)理想の採用なのだそうだ。

 

詐欺師の生産性の話にもどる。

プロの詐欺師にとって、一定の割合で詐欺が発覚してつかまるというのは想定されるコストに含まれる。プロ詐欺師にとってはできるだけつかまらないほうがコストが下げられ、生産性があがるわけだ。

できるだけつかまらないようにするにはどうするか。

優良なカモだけがひっかかるように詐欺を設定するのだ。

優良なカモというのは平たく言えば「だまされやすい人」、「だまされても気づかない人」、「だまされたと気付いても警察に通報しない人」だ。

 

だまされやすい人、だまされても気づかない人、だまされたと気付いても警察に通報しない人、だけを選抜して詐欺にひっかけるにはどうするか。

一番最初から、だまされやすい人たちだけがひっかかるような設定で詐欺を行えばよい。

おかしな文章や相場からかけ離れた値段設定、中国やロシアといった発送元などをそのままにしておけば、優良カモじゃない人たち、すなわち注意深く、もし被害にあったらすぐ通報しそうな人たちはアプライしてこない。だまされやすい優良なカモだけがひっかかって、最後まで(詐欺師にとっての)トラブルなく詐欺が完走できるわけである。

(参考文献 瀧本哲史『戦略がすべて』新潮新書 2015年 p.137-138。注1)

 

だから、生産性の高い詐欺はむしろあからさまに怪しい。

あからさまに怪しいままにしておいて優良なカモをひっかけるのが彼らの手口なので、「常識的に考えて、そんなうまい話があるわけはない」と思うような話には近寄らなければ詐欺にあわずに済む。
詐欺を見破る方法はいろいろある。実をいうとぼくは見破る方法を完全に身につけたので金輪際詐欺にひっかかることはない。本来ならば詐欺を見破るその方法を逐一ここに書き記したいのだが残念ながらその時間はない。

なにしろこれから、最近知り合った「油田の権利を分けてあげる」という親切なナイジェリア人にぼくの銀行の口座番号をメールしなければならないのだ。

 
注1)スティーブン・レヴィット、スティーブン・ダブナー『0ベース思考』p.205-も参考になる。2019年1月付記
↓怪しいインチキ健康情報にひっかからないために必読。

 

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日本ほめ上手列伝

日本には、「ほめ」が足りない。

ネットやテレビでやってる「日本SUGEEE、世界がしびれる、憧れるゥッ!」的なやつじゃなくて、普段づかいのやつ。

ネットでは「いいね!」を乱発するくせに、日常生活で「いいね!」を使いこなしているのはクレイジー・ケン・バンドくらいではなかろうか。

日本には、「ほめ」が足りない。

 

足りないものには値札がつく。

普段からひとにほめられていないから、「ほめ」を求めてオジサマたちは夜な夜な街をさまよい歩く。夜の蝶から「さすが~」「知らなかった~」「すご~い」「センスい~」「そうなんですかぁ」の「ほめ」のさしすせそを手に入れるために、彼らは大金を払うことを惜しまない。嗚呼、巧言令色鮮し仁。

 

しかしそんなほめが足りない日本にも、燦然と輝くほめ上手たちがいる。もしほめ上手を目指すなら、そんなほめ上手たちから学ばない手はない。

 

日本のほめ上手といえば太鼓もち、幇間(ほうかん、たいこもち)。

夜のお座敷の雰囲気づくりのプロ、幇間の歴史は長い。

そもそも「たいこもち」という名前は、豊臣秀吉の側近曾呂利(そろり)新左衛門がしょっちゅう「太閤、いかがで、太閤、いかがで」と言って太閤秀吉を持ち上げていたから「太閤もち」→「太鼓持ち」というようになったという説があるくらいだ(諸説あり。小田豊二『悠玄亭玉介 幇間の遺言』集英社文庫 1999年p.28)。

ちなみに幇間というのは酒間を幇(たす)けるという中国の言葉からきている(同書同頁)。

 

さて、最後の幇間と呼ばれた悠玄亭玉介が、こんなことを言っている。

とにかく相手に惚れてみな、と。そしてそのためには

<あたしはね、とにかくまずお客様の顔を見ることにしてた。

 目とか鼻とかおでことか、じーッと見る。そうすると不思議だね。いいところが見つかるんだよ。人間てのは、不思議なもんで、どんな人でも二カ所はいいところがある。目つきがいいとか、口に愛嬌があるとか、鼻がかわいいとかさ。顔じゃなくたって、笑い声が子供みたいだとか、姿勢がいいだとか。

 もちろん、金払いがいいってえのが、あたしにとっては最大の魅力だけどね。>
(上掲書 p.260)。

どんな人でも二カ所はいいところがある。一カ所と言わないところが粋ですね。

87歳まで活躍した玉介は<人に惚れ、仕事に惚れ、自分に惚れる。それがあたしの長生きの秘訣よ。>(p.289)とも言っている。

 

よく見て言葉を発する職業といえば小説家。

小説家井上光晴を追ったドキュメンタリー映画『人間小説家』の中で、よく思い出すシーンがある。たしか、こんなシーンだった。

井上光晴がお弟子さんの女性とチークダンスを踊る。そこはかとなく色気が漂う。

女性は六十前後くらいだろうか。

女性がインタビュアーに語る。

「先生はね、私のことほめてくださったの。耳たぶが可愛いって」

そういいながら女性はほんのり頬を染める。

「今までそんなこと言ってくれる人なんていなかったから。でもね、何十年も前……亡くなった両親がそう言って私をほめてくれた。耳たぶが可愛いって。誰にも言ったことはなかったけど」

ほめの一言が幸せな子供時代をよみがえらせ、女性のモノトーンの日常をフルカラーに変えたのだ。相手をよく見、言葉を選びぬき心を射抜く。まさにほめの達人と言うべきであろう(1)。

 

ちょっとひねった「ほめ」もある。

サッカー日本代表の監督だったイビチャ・オシム氏は数々の名言で知られる。

オシムは選手に対しても辛辣で厳しい言葉を浴びせ続けたが、それだけではなかった。

<「ずっと厳しいことを言っておいて、ふとした時に、ポンと『もうワールドカップ出場を狙っていないのか』とか、『もっと上を見いいんだぞ』とか、声をかけるんです。例えば阿部やいろいろな選手に、お前たちは代表の選手に劣っている部分はそんなにないんだから、もっと上を見ていいんだと、言ってくれたりするんです。(略)」>(木村元彦オシムの言葉 フィールドの向こうに人生が見える』集英社インターナショナル 2005年 p.203。「 」内は羽生直剛選手談)。

世界が誇る名将にぼそっと「もっと上を見ていいんだぞ」と褒められたら、選手も発奮するというものだ。

ちなみに、オシムは<「言葉は極めて重要だ。そして銃器のように危険でもある。(略)新聞記者は戦争を始めることができる。意図を持てば世の中を危険な方向に導けるのだから。ユーゴの戦争だってそこから始まった部分がある」>(『オシムの言葉』p.38)とも語っている。

 

「引きのほめ」というのもある。

あえて語らないことで成立する「ほめ」だ。
政治評論家の三宅久之氏は阿川佐和子氏と会うたびに

「これはこれは。また今日は一段と……」

とだけ挨拶するという(阿川佐和子『聞く力』文春新書 2012年 p.242)。

そのエピソードについて、阿川氏はこう続けている。

<でもたしかに、「一段と……」のあとに、実のところ何が続くかはわからないのですが、言われた側としては、「一段と、おきれいで」とから「一段と若々しく」とか、そんなふうに褒めていただいたような錯覚を起こすものです。三宅さんとしても、本人を前に、歯の浮くような具体的な形容詞を使わなくて済むから、さほど負担にはならない。>(上掲書同頁)

なるほど。

 

日本の歴史の中で、ほめの金字塔といえばやはり淀川長治だろう。

一定以上の年代の人なら知らない人はいない映画評論家で、一言でいえば愛の人だ。

映画への愛、映画人への愛、視聴者への愛にあふれた淀川氏の映画解説には、「ほめ」しかなかった(2)。

「どの映画にも見所はある」が信条で、日曜洋画劇場でくりひろげられる映画解説では、どんな映画であっても決してけなすことはなかったという。たとえB級C級映画であっても彼は必ずほめるところを見つけ出してほめた。

ぼくたち「ほめ」業界の間で伝説となっている映画解説がある。

こんな感じだったようだ。

「はいみなさんこんばんは。今日の映画は、『大蛇アナコンダ』。あなたね、大蛇、出てきますよ。出てくるヘビがね、なんと、体長、5メートルも、あります。大きいですね、すごいですね、怖いですね。しかもね、アナコンダ、とても速い。くねくねくねくね、動くんですね、速いですね、すごいですね、怖いですね。 ね、あなた、なんといっても、アナ、コンダ、大きいですよお、楽しみですねえ。それではじっくりお楽しみください」(3)

大蛇が大きいとしか言っていないのだが、よっぽど大きい蛇だったのだろう。

 淀川氏は89歳まで長生きしたが、この人もまた人に惚れ、仕事に惚れ、自分に惚れた人の一人だったのかもしれない。

 

日本のほめ上手たちを振り返ってみたが、どの達人たちもかなりの人生経験を経た人々であることに気づく。「ほめ」の達人になるには、まずは自分の人生の達人にならなければならないのだ。

 

ほめ上手への道は長く険しいが、それでも明日はモア・ベター。

いやあ、「ほめ」ってほんとうにいいものですね。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。

 

(1) 映画を見たのは二十年以上前で、あえてうろ覚えのまま書いた。大きく間違ってたら直します。

(2)ただしイベントなどでは結構辛口なことも言っていたようだ。

(3)youtubeで『アナコンダ』の解説があがってないか探したが見つからなかった。残念。

 

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