ノーベル賞に思う。

今年のノーベル医学生理学賞に、大村智北里大学特別栄誉教授が選ばれたという。
まずはめでたいことである。

毎年ノーベル賞の時期になると思うのが、誰がえらいってノーベル賞という仕組みを作った人が一番えらいということだ。
日本のニュースを見ていて物足りなく思うのは、ノーベル賞がまるで天から与えられるもののように報じられること。
超一流の実績があるのは大前提だが、当然ながら選ぶのは人間である。
人間である以上、そこには必ず何らかの意図が加わる。

誰に受賞させようかという候補を決めるときにはまず、前もってそれぞれの分野のエキスパート100~200人ほどに極秘裏に候補者を挙げさせているはずだ。
ノーベル賞委員会の人たちはスウェーデン人が中心なので、候補者を挙げてもらう各分野のエキスパートたちも欧米人中心となる。
それぞれの各分野の人々も、すべてを知り尽くしている神ならぬ身、「誰がノーベル賞にふさわしいですか」という質問には当然ながら自分の知識の中で答えることになる。
たくさんの論文を読んではいるものの、ぱっと頭に浮かびやすいのは自分の知っている研究者であろう。
しつこいようだが大前提は超一流の研究者でなければならない。
しかしあったこともない超一流の研究者と、自分が一緒に研究生活を送った超一流の研究者では、当然後者のほうが想起しやすいというものだ。
日本人のノーベル賞受賞者の中に、留学経験者や欧米で研究している人が少なくないのはそうした事情もある。

そしてまた、ノーベル賞の受賞者選定にはなんらかの意図が込められている。
オバマ大統領は2009年にノーベル平和賞を受賞したが、その理由は「核無き世界実現への働きかけに対して」というものだったはずだ。
はっきり言ってまだ実績もない段階でノーベル賞をもらったわけで、そこにはノーベル賞委員会の「ノーベル平和賞をもらうからには、しっかりと核無き世界を実現してくださいよ」というメッセージが込められている。
ノーベル平和賞以外もノーベル賞委員会の意図は込められていて(そこらへんは伊東乾『日本にノーベル賞が来る理由』朝日新書に詳しい)、ノーベル賞委員会とスウェーデンがどういう理想を願っているかという意図が受賞者と受賞理由に表されているのだ。

前掲書によれば、1949年の湯川秀樹博士の受賞は、欧米側の、原爆開発の後悔と贖罪に裏打ちされたものだというし、日本人研究者の受賞は「非欧米国家で唯一自前で科学研究を成立させた国」への鼓舞という側面があるという。
ノーベル賞は、ノーベル賞委員会やノーベル財団スウェーデン国家からのメッセージングでもあるのだ。

そう考えると、大村教授の受賞理由が「微生物研究から得た特効薬により、アフリカやアジア、中南米で約10億人の命を救った」ことであるならば、ノーベル賞委員会の問題意識は明確である。
途上国の人命を救うような研究を応援し、加速したい、ということだ。
おそらくその背景には欧州で急増するアフリカからの難民の問題もあるはずだ。
シリア難民の報道がここのところ連日続いているが、何年も前からアフリカととなりあわせのスペインなどではアフリカからの難民が社会的課題となっていた。
U2のボノなどがアフリカのマラリア結核HIV対策を以前から訴えていたり、途上国の感染症は、おそらく日本で思う何百倍もヨーロッパの心ある人たちの問題意識の中にあったはずだ。
なにしろ欧州とアフリカは近いからねえ。

ノーベル賞にはノーベル賞委員会や財団の意図が反映されているという視点からは、中国の女性薬学研究者が今年の医学生理学賞に輝くということも興味深い。
欧米(の一部)では以前から、権威にとらわれフリーな議論が文化的にしにくい中国では本当のサイエンスは生まれないという見方があった(『2050年の世界 英エコノミスト誌は予測する』など)。
サイエンスは、権威に盲従するのではなく権威に反抗するところから始まる、というのが考えの根底にある。
これに対し、中国の、しかも女性研究者にノーベル賞を与えることで、「中国も、自由闊達に意見を戦わせる言論世界に入ってきなさいよ」というメッセージを出しているのではないだろうか。
再三にわたり強調したいのは、受章者たちが超一流の研究者であるのは大前提ということで、何人もの超一流の候補者の中から誰をいつどのタイミングで選ぶか、という話をしているということである。

ノーベル賞のしくみを考えたひとが偉い、と最も思うのは授賞式の時だ。
受賞式のときには当然ながら世界中から受賞者が集まる。
この時期、永世中立国スウェーデンは安全保障上、世界で最も安全な地域になる。
各国の優秀な頭脳が集まっている場所を空爆しようなんて国はないからだ。
国際テロ組織の存在拡大により、上記の「スウェーデン版 人間の盾」は以前よりは弱まったが、世界の頭脳が集まった場所を空爆して世界中から非難される度胸を持った国は少ないだろう。
一年52週のうち数週間、世界の頭脳を「人質」に取れる仕組み、賞を与えることで世界に自らの理想と問題意識をメッセージングできるやりかたを考えた奴は本当にすごいなあ。
誰がこの仕組みを具体的に考えたのか知らないけど、これこそまさにノーベル賞級のアイディアである。

 

 

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