その道一筋について

救急医療電話相談リストを充実させるべく、いろいろな県の県庁に電話で問い合わせてみた。ネット上でそういった電話相談サービスが見つからないからといって実施していないとは断言できない。「無い」ことの証明は難しいのだ。

だから、ネットで確認できない県には直接電話した。忙しいなか突然の問い合わせに答えてくださった各県の担当者の方々、本当にありがとうございます。

いきなり電話で「○○県の救急医療体制について聞きたいんですが」なんていうものだから一瞬警戒されたりもした(気がする)けど、安心してください、オンブズマンでもキングスマンでもありません。

 

対応している部署としては医療政策課とかそういった名称のところが多く、「大人向けのそうした事業はしていません」と即答のところもあれば、「担当者がいないので調べて折り返し電話します」と言ってくれるところもあり、どこも心よく対応してくれた。

 

ほとんどの県では「やってません」の一言で終わりだったが、ある県庁の担当者の方は違った。「医療電話相談ですか。東京都でやっている#7119のようなものですよね。うちの県でもやりたい!という議論もあるんですが、残念ながら今のところ実施できていません。ほかの県はどんな状況ですか」と逆に質問ぜめにされてしまったのである。

県庁勤務数十年、地域医療政策一筋といった感じのオーラが電話口から伝わってきて、思わぬ展開にぼくは嬉しくなってしまった。

自分自身があちこちふらふらと寄り道ばかりのConnecting dots without linesみたいな生き方のせいか、ぼくはその道一筋みたいな人と会うと嬉しくなる。

上原隆のコラムに、東大の安田講堂の地下で戦前から時計屋をやり続けている男性の話が出てくる(『東大の時計屋』。文春文庫『胸の中に鳴る音あり』収載)。
<おじいさんの名前は佐野利一。一九一七年(大正六年)に生まれ、十六歳の時に父親がやっていたこの店に連れてこられた。以来八十八歳の現在まで、毎日時計と向き合ってきた。

「学生が卒業して」佐野さんがいう。「教授になって戻ってきて、退職して、名誉教授になり、ここに来て『おじさん、まだやってんのかい』って」>(上掲書p.8-9)

コラムが書かれたの2006年のことなのでさすがにもう引退されていると思うが、いいなあこういうの。

世は変わり続け、彼はそこにいる。

 

その道一筋、というのは美しい。

三谷幸喜の映画『ラヂオの時間』に、藤村俊二演じる初老の守衛が出てくる。いつも暇そうにしているけれど、実はもともと音響効果のスペシャリストだった。

なんでもかんでも機械で効果音を作れるようになった今ではお払い箱となってしまったけれど、彼は豆でマシンガンの銃撃戦を演出し、掃除機でロケットの音を作り出す。
そうした技術が不要となってしまった今では誰にそれを自慢するでもなく、ただひっそりと、自分が職業人生をささげたラジオ局の夜を守っている。自分がしていた音響効果という仕事への誇りと愛と思い入れを胸に秘めながら。

 

そうしたその道一筋、寡黙で誇り高きプロフェッショナルが世の中を支えている。そんなあたりまえのことを思うと、なぜだかぼくは胸が熱くなるのだ。

 

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45