メディカル・ツーリズム(医療観光)を考える(R)

「日本の医療技術は優れているから、世界に輸出できる」。
メディカル・ツーリズム、医療観光の議論になると必ず出てくる意見である。
一臨床医として、日本の医療技術が優れていることは信じる一方、こうした意見には大変な物足りなさを感じる。
そこには「お客様大事」の精神がすっぽりと抜け落ちているからだ。

 

患者さんを「お客様」と呼ぶことには抵抗があるが、医療観光、メディカルツーリズムというのは医療を目玉に外貨を稼ごうという話なので、あえて「お客様」「商売」と呼ぶ。
さて、優れた技術を持っていればお客がくるというのは、供給者サイドの傲慢とは言えないだろうか。
電気メーカーが「我々は優れた技術を持っているから、放っておいてもお客は我々の商品を買いたがる」という態度だったら、果たしてその商品は売れるだろうか。
優れた技術があるから欲しい人に売ってやるんだという態度で「商売」した場合、そうした商品が永続的に売れ続けるということはないはずだ。
例えその商品が、保証期間を越えた瞬間壊れる「タイマー」が内蔵されていないとしても。

シンガポールは医療観光で有名であるが、そもそものきっかけは「欧米の会社のアジア支社の誘致」だったという説がある。
アジアの一漁村だったシンガポールがどうやって生き残っていくか考えたときに、アジアのハブとなって成長するしかないと考えた。
そのためには欧米企業のアジア支社を呼んでくる必要がある。
しかし当時、欧米人のビジネスマンはできれば見知らぬアジアの元漁村になんか赴任したくなかった。
彼らの不安材料は、現地の衛生環境と子供の教育だ。
だからこそ、シンガポール人はそうした欧米ビジネスマンの不安を払しょくできるような医療体制と教育体制を築き上げる必要があり、しかもその質を欧米人にわかりやすい形で示されなければならなかったのだ。
その結果、一歩一歩作り上げられたものが現在医療観光として花開いているのである。
(この部分、旅行医学がご専門のM先生から伺った話。文献的裏付けは取っていないので、間違いなどがあればご指摘ください)
現在、シンガポールでは不妊治療などが盛んだそうだが、これも周辺諸国のニーズを調査し、ニーズがある分野に資金と人材を集中投入しているのだという。
(この部分はシンガポールで医師として活躍されているN先生による)

「商売」で必要なのは「お客様大事」の精神であろう。
「お客様」が何を必要とし、どんなことを望んでいるのかを知ろうとしなければ「商売」は続かないのではないか。
残念ながらこうした「お客様大事」の精神の不足は地域おこし・町おこしの分野でも見られるのではないだろうか。
「私たちの地域にはこんな素晴らしい伝統や文化がある。観光客はきっとくるはず」というやつである。
素晴らしい伝統や文化があるのは誇るべきだ。
しかしそこに観光客のニーズがあるのかどうかはまた別の話なのだ。

以前にキューバを旅行したことがある。
キューバはアメリカと国交がないだけで、ヨーロッパ諸国などとは人の行き来があるので、ぼくが旅行したときもBMWの社員旅行が同じホテルだった。
キューバでは様々な音楽、ショーやラム酒、葉巻などが観光客を酔わせるが、おそらくあれも観光客が望むものを徹底的に供給してやろうという精神ではないかと思う。
そのために音楽の才能がある子供を早いうちから国家が見つけ出し、クラシックやバレエを仕込んで外貨を稼げるように教育したりしているのではないだろうか。
国家が半強制的にそんなことをやる国に生まれ育ちたいとは思わないが、観光で外貨を稼ぐというのはそれくらい必死にやらないといけないんだと思う。

「お客様大事」の精神とともに必要なものはなにか。
それは臆面もなくいけしゃあしゃあと自分の活動を宣伝できる面の皮の厚さである。
いいことをやっていれば黙っていても世間は認めてくれる、というのが日本的な精神だが、なかなかそうはいかない。
どんなに美味で究極かつ至高の冷やし中華を作っていたとしても、店の外に「冷やし中華はじめました」と宣伝しなければ「お客様」は来てくれないのだ。
中身や質は絶対的に大前提だが、あえて言えば、恥も外聞もなく「日本の医療はこんなにすごいんです」とか「俺たちの地域にはこんないいものがあるんです」とか「自分はこんな活動をやってます」とか宣伝して宣伝して宣伝しまくって初めて、「お客様」というのはついてくるのではないだろうか。
(FB2014年5月14日を再掲)