ヒラリーのメール問題に思う(R)

3月7日配信のweb版日経新聞によれば、2016年のアメリカ大統領選に立候補予定のヒラリー・クリントンが、国務長官時代に私用のメールアカウントを仕事に使っていたことがわかって大きな問題になっているという(『ヒラリー氏、メール問題で苦境に 共和党が攻勢』)。

元記事のワシントンポスト3月2日配信の『Hillary Clinton used personal Email account at State Dept., possibly breaking rules』を読んでみる。
連邦法では公務でやりとりした手紙やメールは政府の記録であり、議会や歴史家、ジャーナリストが必要であればいつでも見つけられるように記録しておくことが決められているとある(7段落目)。

 

問題があった時に議会でチェックできるようにというのはよくわかる。
しかしこうした問題でいつも感心するのは「ジャーナリストのために」と「歴史家のために」という記録を残すというフィーリングだ。

1787年に起草されたアメリカ連邦憲法案を世論に認めさせるために書かれた『ザ・フェデラリスト』(A.ハミルトン、J.ジェイ、J.マディソン。岩波文庫)を読むと、そこに徹底して流れるのが国家や政府というものが暴走し得るものであること、そしてそれを防ぐためにバランス・オブ・パワーをどう作り上げるかという考えであることがわかる。
<しかし、人間が人間の上に立って政治を行うという政府を組織するに当たっては、最大の難点は次の点にある。すなわち、まず政府をして被治者を抑制しうるものとしなければならないし、次に政府自体が政府自身を抑制せざるをえないようにしなければならないのである。>(上掲書 p.238)

「政府自体が政府自身を抑制せざるをえないようにする」仕組みの一つとしてアメリカで期待され続けているのが「ジャーナリズム」である。
しかしもう一つの仕組みがおそらく「歴史家」であろう。

人間の評価軸には3つある。
上下とヨコとタテだ。
上下は内部基準で、行動AとBがあったときにどちらが自分の中で上でどちらが下かというもの。
自分としてよりマシな行為というものを選択していく。
この感覚は基本的には自分で養っていくものだ。

ヨコの基準は世間の評判とか周りの評価。
商品の良し悪しは市場が評価する。
そして政治の良し悪しは世論や支持率が教えてくれる。
このヨコの評価を正当にフィードバックするために、「ジャーナリズム」が存在する。
だがしかし、世論は往々にして振れ幅が大きく、時に瞬間的に間違う。
どこの国でも経験することだし、これからもそれは繰り返し起こっていく。

そこでもう一つ重要なのがタテの評価、歴史的評価だ。
生きているときに評価されなくても、あとになって多大な影響を残す人がいる。
遺伝の法則を見つけたメンデルが評価されたのは死後だいぶ経ってからだし、ゴッホが生きている間に売れた絵は一枚だけだったともいう。
同時代の売れ行きとか名声とかというヨコの評価軸だけだったら彼らはむくわれない。
歴史的に見てどうであったかと考えるタテの評価軸も持つことで、彼らを正しく評価することができる。
おそらく政治家もしかりであろう。
「今は世論が反発しているけれど、この政策は必ず後世の役に立つ。歴史家が必ず俺のことを認めてくれるはずだ」という確信が、世論迎合から未来志向に政治を変える。
確信ではなく単なる思い込みであることも多々あるだろうけれど。

内なる上下の評価軸、世論や支持率などのヨコの評価軸、そして歴史的にみてその判断や行動が正しかったのかというタテの評価軸が存在すると知るからこそ、良き政治家は歴史を学び、そして時に世論の反発を受けても前に進むことができる。
そのための判断材料を後世の歴史家に残しておけるよう、日記を書いて死後公開したり、晩年になって自伝を書いたりする。
身びいきや自己弁護を時に隠し味にしつつ。
記録を残しておき、後世の審判を受けるというのは公人にとっておそらくとても大事なことなのだ。
だからプログラミングもいいけれど歴史を学ぶのもまた大事で、そこらへんのところミッキーはどう思ってるんだろうか。

そんなことを思うと、ヒラリー氏が公務で私的なメールを使っていたということは、結構しつこく尾をひく問題になりそうである。

以下蛇足。
ある元高級官僚の書いた本で「○○省の伝統で、『日記はつけてはいけない』と先輩に叩き込まれた」的なことが書いてあってびっくりしたことがある。
何か問題が起こったときに重要書類をばんばん燃やしたりシュレッダーにかけたり平気でやってしまうというのは今でもやっているのだろうか。
また、歴史家の審判をあおぐという感覚があれば、震災などの国家の存亡の時の会議で議事録がないor残っていないというのは生理的に違和感を感じると思うのだがいかがなものだろうか。
(FB2015年3月9日を再掲)

 

 

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