ベーシック・インカムはなぜ机上の空論なのか

フィンランドベーシック・インカムを検討中というネットニュースを読んで、うまくいかないだろうと思う理由を今朝まとめてみた。
財源以外の最大の理由は、ベーシック・インカム制度が、社会の構成員を比較的均等のものと仮定している点である。国民一律の現金支給と引き換えに、一切の社会保障・福祉制度を廃止するのがベーシック・インカム制度で、報道によればフィンランドで検討されているのは月々800ユーロ、11万円の現金一律支給だという。
介護保険制度で最も重い要介護5のかたは、とても11万円では現在の介護サービスを維持できない。幼児に11万円を支給して、「将来に備えてこれで教育サービスを購入しなさい」と言っても無理だ。
ベーシック・インカム制度は、社会の構成員がそこそこの元気さとそこそこの判断力を持って合理的に行動できるということが大前提か、さもなければ11万円現金支給でうまく自己管理できない者は見捨てるということが暗黙の了解である制度なのだ。

そのほかにもベーシック・インカムが机上の空論である理由はある。
社会保障の実現方法には、現物給付と現金給付がある。
健康保険や介護保険では、加入者が必要な医療・介護サービスを、実際の医療行為や介護行為として受け取っている。
医療・介護にかかるコストの1割から3割を受益者が自己負担し、残りのコストを健保組合などが払うわけだが、実際に利用者が受けとるのは医療行為・介護行為という「現物」であり、こうした形を現物給付という。
それに対し生活保護や年金は現金で給付される現金給付である。ベーシック・インカムは究極の現金給付だ。
現物給付と現金給付を比較すると、現物給付のほうが優れている、と神野直彦は言う。
現金給付のほうが不正受給が起きやすいのはごく一部の生活保護不正受給者を見れば明らかである。現物給付で不正受給しようとしても、不必要に点滴してもらったり病気じゃないのに手術を受けたりするくらいで、そんなので喜ぶのは一部のマニアだけだ。
ただ、現金給付の不正受給の問題は透明性を高めればある程度減らせるはずで、だからこそ透明性の高い北欧でベーシック・インカムの話が出てきたのであろう。

現金給付の欠点のもう一つは、現金は限界効用逓減効果が低く、欲求が無制限というところにある。
介護サービスを週3日受けている人が、もっとサービスを受けたいと思っても、物理的に週7日が限界だ。
しかし現金給付で仮に月11万円のベーシック・インカムを受けたとすると、もっと欲しいと思えばキリがなくなるのである。もらえるものなら11万円ではなく22万円欲しいと思うだろうし、22万円もらえば44万円欲しいと思うだろう。その結果、ミニマムの福祉を目指したはずのベーシック・インカム制度が、少なくとも予算面に関しては肥大していく恐れがあるのだ。
だからこそベーシック・インカムは永遠に机上の空論にとどまるはずである。

しかしながらTheory follows events、理屈はいつでも現実の後追いなので、実際にベーシック・インカム制度をやってみたらどうなるのか、フィンランドの動向に興味津々である。

 

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