真の成長戦略とは-METSELAプロジェクトの提唱 3(R)

死生観の話、やっと出てきます。

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METSELAプロジェクト-その究極の目標

 METSELAプロジェクトの短期的~長期的な取り組みにより、おそらく日本人の寿命、しかも健康寿命は少しずつだが相当に延びていく可能性がある。前述のマックス・プランク協会レポートでは、「人類史では長い間、寿命が20歳から30歳の間を上下していた」と述べている(12)。そのころの人類からみると、その数倍の寿命を持つ超高齢社会は疑似的な不死社会とすら言えるだろう。人間は有史以来、常に不死を夢見てきた。METSELAプロジェクトは擬似的に実現する。そして、実はこのプロジェクトの究極的目標は、その疑似不死社会における新しい倫理や哲学の追求なのである。

 疑似不死社会を実現した上で、人間の寿命は何歳までが望ましいのか、人間というものはどう生き、老いていくのがよいのか、超高齢社会はいかにして維持可能性を高めていくのか。そうした倫理的、哲学的なものについて実地で研究し思索を深めていく。

 「死すべき存在」の人間は、長寿の先にいかに死と向きあい存在を完成することが出来るのか。そうした命題に対し、ほかのどの国よりも早く解を見出し、普遍的なものとすることがMETSELAプロジェクトの超長期的で究極的な目標となのである。

疑似不死としての長寿

 人類の歴史を振り返ると、あちこちに老と死への恐怖と不死への憧れを示すエピソードが見られる。西洋の錬金術では、人間を不老不死に導く賢者の石が夢想されていたし、東洋の仙人も死を超越した者である。日本最古の物語、竹取物語にも不死の薬が登場する(22)。つやのある肌や増毛を謳うテレビコマーシャルを見れば、老いと死への恐怖が今も存在していることを確認できる。

 複合的なMETSELA技術によって、老いへの備えが十全になされたとき、そこに何が現れるだろうか。老いに伴う体の衰えをやわらげ、病いを一つ一つ克服できたとしたら、必然的に寿命は延長されていく。その疑似不老不死社会はいったいどんな社会になり、そこで暮らす人々はどのような人々なのであろうか。

 ハインラインが描いたような、他人の何倍もの経験を積み賢さを身に付けた「長命族」(23)が暮らす社会なのか、それとも藤子不二雄が描いたように、超長寿を実現したが故に生きることにあきあきし、存在を抹消するために自ら0次元への道に身を投じてしまう超文明人(24)がそこに現れるのだろうか。

 人類が不老不死に憧れつづけたのは事実であるが、一方で不死はもしかしたらろくでもないものかも知れない、という考えも散見される。スウィフトは『ガリヴァ旅行記』に、死ぬことはないが永遠に老い続け、記憶力や判断力の減退などが永遠に進んでいく「すべての人間から忌避され、憎まれている」不死人間、ストラルドブラグを登場させた(25)。ボルヘスは不死であるが故に一切は無意味と捉え、廃墟の街で何もせず思索にふけり続ける不死の人を描いた(26)。また先述のハインラインの作品では、長命族ハワード・ファミリーは、その長寿をねたまれ迫害されることになる(23)。

 METSELAプロジェクトの行きつく先が疑似不老不死社会で、その結果生まれる疑似不老不死があまり望ましいものでないかも知れないのであれば、この計画に意義はあるのだろうか。

 だからこそやる価値があると、私は思う。老いと死への恐怖が人類共通のものであるならば、老いを克服し死を遠ざける総合技術の開発は日本がやらなくても必ず誰かがやるだろう。もちろん、人類の叡智により疑似不老不死に生じる様々な問題は解決できるかもしれない。あるいは、疑似不老不死社会というのは結局のところろくでもないものであり、人間というものはやはり寿命を天与のものとして老いと死を粛々として受け入れるほうが幸せだ、という境地に達し、その結果、未来の人類は全てのMETSELA技術を封印するかもしれない。竹取物語は、帝が部下に命じて不死の薬を富士の山で燃やしてしまう場面で幕を閉じる(22)。

 もしMETSELA技術を追求し続けた結末が技術の封印であっても、それは西洋的な科学的思考と技術を徹底的に追求した先に、東洋的な「足るを知る」に至るという非常に興味深いプロセスになることだろう。

 私個人としてはこの技術の行きつく先は案外、中庸というところで落ち着くように思う。しゃかりきになって疑似不老不死を追い求めるのではなく、病いや老いをやわらかに受け止め、必要な技術を用い、百二十歳くらいのところで健やかに生涯を閉じるようになるのではないか。

 聖書で一番の長寿者メトシェラが登場する「創世記」にはこうある。

 そこでヤハウェは言われた、「わたしの霊はいつまでも人の中に留まることは出来ない。人といっても彼は肉であるから。その寿命は百二十歳にきめよう」
 (『創世記』)

 

真の成長戦略、そしてその先にあるもの―普遍的価値で世界の尊敬を

 METSELA技術により、人類が夢見続けた不老不死を擬似的に実現することは世界中の役に立つ事業である。そしてその擬似不老不死とどう付き合うか、そもそもそれは良いことなのか否か、そうした問題を倫理的・哲学的に実証して得られるものは、高齢化する世界のなかで人類共通の普遍的価値観になるだろう。

 藤原正彦は普遍的価値についてこう述べる(27)。

 イギリスという国を見てください。世界中の国が、イギリスの言うことには耳を傾けます。しかし、イギリスが現在そんなに凄い国かと言えば、それほどではない。イギリス経済は二十世紀を通して、ほとんど斜陽でした。最近は少し調子がいいのですが、日本のGDPの半分くらいの規模にしか過ぎません。
 日本の言うことには誰も耳を傾けないのに、なぜ経済的にも軍事的にも大したことのないイギリスの言うことに世界は耳を傾けるのでしょうか。イギリスの生んできた「普遍的価値」というものに対する敬意があるからと思います。
 例えば議会制民主主義という制度はイギリス生まれです。文学のシェイクスピアディケンズ、力学のニュートン電磁気学のマックスウェル、進化論のダーウィン、経済学のケインズ。みんなイギリス人です。
 それからコンピュータもジェットエンジンもレーダーもみなイギリス発です。ビートルズもミニスカートもイギリス生まれです。
 (藤原正彦国家の品格』)

 

 ミニスカートとMETSELA技術のどちらが人類にとってより普遍的価値を持つかは今のところ不明だが、普遍的価値を生み出した国は例え経済的に斜陽になっても世界中から敬意を持って接せられるというのは事実である。

 藤原はこうまとめる。

 このようなイギリスの生んだ普遍的価値に対し、世界の人々は尊敬の念を持っているということです。大いなる普遍的価値を生んだ国に対する尊敬は、一世紀間くらい経済が斜陽でも全然揺るがないということです。
 逆に言うと、日本が今後五百年間、経済的大繁栄を続けようと、それだけでは世界の誰一人尊敬してくれません。羨望はしても尊敬はしない。やはり、普遍的価値というものを生まないといけないということです。

 

 もし我が国が、今後も「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」のであれば、世界に先駆けて突入する超高齢社会に対し、科学技術を用いて正面から立ち向かい、世界に通用する普遍的技術を次々に開発していくことこそ百年の大計である。そして技術だけでなく、「死すべき存在」である人類がいかにあるべきかという普遍的価値を打ち立てることこそ、王道ではないだろうか。

 真の成長戦略は単に経済だけを成長させるためのものではなく、超高齢化という日本と世界の問題に正面から取り組み、我が国がどのように人類の歴史に貢献できるかを問うべきものである。経済を成長させ、文化を成長させ、国民と社会、国家そのものを健やかに成長させられるものこそ、真の成長戦略と言えるのではないだろうか。

引用・参考文献

(1)経済産業省ホームページ「新成長戦略(基本方針)~輝きのある日本へ~」
http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g100225a08j.pdf
(2)厚生労働省ホームページ「経済連携協定に基づく外国人看護師・介護福祉士候補者の適正な受入れについて」
http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/other22/index.html
(3)日本銀行ホームページ「国際比較:個人金融資産1400兆円」
http://www.boj.or.jp/type/exp/seisaku/exphikaku.htm
(4)内閣府大臣官房政府広報室「国民生活に関する世論調査」平成21年6月調査
http://www8.cao.go.jp/survey/h21/h21-life/index.html
(5)NHK放送文化研究所「第8回 日本人の意識・2008」調査 http://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/shakai/shakai_09021302.pdf
(6)NTT docomo らくらくホンシリーズ
http://www.nttdocomo.co.jp/product/foma/easy_phone/
(7)村田裕之「団塊・シニア向け商品」が売れないのはなぜ?(DIAMOND online 2008年2月18日)
http://diamond.jp/series/senior-biz/10005/
(8)麻生太郎とてつもない日本』新潮社 2007年
(9)坂本光司『日本でいちばん大切にしたい会社』あさ出版 2008年
(10)国立社会保障・人口問題研究所『世界・主要国の将来人口推計』
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Mokuji/4_World/W_List.asp?chap=2&title1=
(11)大泉啓一郎『老いてゆくアジア』中央公論新社 2007年
(12)ペーター・グルース編『老いの探究 マックス・プランク協会レポート』日本評論社 2009年
(13) ジョン・ブロックマン編『2000年間で最大の発明は何か』草思社 2000年
(14) IT media News 6月29日「iPhone 4を分解調査、部品コストは188ドル」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1006/29/news020.html
(15)世界基金支援日本委員会 プロダクト(RED)とは
http://www.jcie.or.jp/fgfj/productred/
(16)CYBERDYNE社ホームページ
http://www.cyberdyne.jp/
(17)エーザイ株式会社『アリセプト』くすりのしおり より
http://www.rad-ar.or.jp/siori/kekka_plain.cgi?n=12831
(18) プレジデントロイター 2007年7月18日『「アリセプト」2011年度売上高は25%減に=エーザイ
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-26919020070717
(19)東京都神経科学総合研究所ホームページより 『アルツハイマー病に対する新ワクチン療法の開発』
http://www.tmin.ac.jp/medical/14/alzheimer3.html
(20)NASAホームページ 『APOLLO SPINOFFS』
http://www.sti.nasa.gov/tto/apollo.htm
(21)関根正雄訳 『旧約聖書 創世記』 岩波書店 1956年
(22) 阪倉篤義校訂『竹取物語岩波書店 1970年
(23)ロバート・A・ハインラインメトセラの子ら』 早川書房 1976年
(24)藤子・F・不二雄21エモン』(文庫版)小学館 1997年
(25)スウィフト『ガリヴァ旅行記』新潮社 昭和26年
(26)ホイヘ・ルイス・ボルヘス『エル・アレフ平凡社 2005年
(27)藤原正彦国家の品格』新潮社 2005年

(2010年6月 松下政経塾レポートを再掲)