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イノベーションとしての恵方巻き(R)

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もうすぐ節分。2014年に書いたものを再掲です。


もうすぐ節分ということで、恵方巻きについて考えてみたい。

この恵方巻き、ぼくが子供のころには少なくとも関東にはなかった風習だが、ここ十数年で急速に全国にひろまった。
一説には、お歳暮とお正月のあとの売り上げ落ち込みをカバーするために海苔問屋が考え出したイベントだともいうが、とにもかくにも今年(2014年)の恵方らしき東北東を向いて食す。
結婚式のキャンドルサービスはろうそくが売れなくなって困ったろうそく業者が考え出したとか、その昔の船旅の出発の別れを惜しむ紙テープは売り上げアップをねらって紙問屋が考案したとか、世の中にはとかく賢い人がいるものである。

 

こうした新しい流行や風習が社会に広まる際、どのようにひろまっていくかを研究した人がいた。
エベレット・ロジャーズである。
アイオワ州立大学を1952年に卒業し農学の学士となった彼は、新しく開発された除草スプレーなどの農業イノベーションがどのように農家に広がっていくかをインタビュー調査したりするなかで、農業に限らず新しい事象がどのように普及していくかという普及学の研究者となった(エベレット・ロジャーズ『イノベーションの普及』2007年 翔泳社)。

ロジャーズによれば、新しいものごと、イノベーションが普及してかどうかには相対的優位性、両立可能性、複雑さ、試行可能性、観察可能性の5つの要素があるという(前掲書 第4章「イノベーション属性とその採用速度」)。

相対的優位性とは新しいものが既存のものよりよいものかどうかを意味する。
節分の日に恵方巻きを食べるという行為には、比較すべき既存の食習慣、節分の日に食べる特別な食べ物というものがなかったので、相対的というより絶対的な優位性があったことがわかる。

両立可能性とは、既存の価値観や受け入れる側のニーズと両立するということで、恵方巻きにはバッティングするような既存の価値観は存在しなかったし、節分の日であろうとなんであろうと、人間にはなにかを食べるというニーズが常にあるので、恵方巻きは普及のための両立可能性という要件もなんなくクリアしたわけだ。

複雑さという点では、大手コンビニチェーンが恵方巻きを大々的に売り出したことが大変有利に働いている。
コンビニで簡単に購入できるということは恵方巻にとって素晴らしい追い風であった。
もし仮に、「恵方巻きはお寿司屋さんで食べるのが正しい」というアプローチをとっていたら、恵方巻きはここまで普及しなかったであろう。
コンビニ・スーパーで買うのに比べて、食べるまでのハードルが格段に上がるからだ。
複雑さの度合いが高ければ高いほど、普及の速度は遅くなるとロジャーズは述べている。

試行可能性とは、簡単に試せるかどうかということだ。
数百円で購入し試すことができる恵方巻きは、ここでも有利なポジションにいる。

観察可能性とは、イノベーションの結果がほかの人の目にふれやすいかどうかである。
ほかの人に知覚されやすいものほど普及の速度は速くなる。
恵方巻きの普及における観察可能性については、推測の域を出ないが、子供たちのネットワークの働きが大きいのではないだろうか。
大人に比べ子供たち同士の間では、「節分の日にね、恵方巻き食べるんだよ」などという話題がのぼりやすく、幼稚園や保育園のほかの子供に刺激された子供たちの意向が、母親の購買行動に影響し、普及に拍車をかけたのではないかと思われる。

こうして考えると、恵方巻きは、普及のための5要件を全て満たすものだったことがわかる。

また、ロジャーズは、ものごとの普及に関わる人間集団の分析も行った。
一番はじめに新しいものごとを受け入れる人をイノベータ、その次にそれを受け入れる初期採用者(アーリー・アダプター)、さらにそれを追いかける初期多数派(アーリー・マジョリティー)、流行が広まってから追随する後期多数派(レイト・マジョリティー)、最後に渋々と受容するラガードである(前掲書 第5章「革新性と採用者カテゴリー」)。
普及に関わる人間集団を正規分布とした場合、イノベータは全集団の2.5%、アーリー・アダプターは13.5%、アーリー・マジョリティーとレイト・マジョリティーはそれぞれ34%、もっとも保守的なラガードは16%だと彼は見積もっている(前掲書 p.229-230)。

イノベーターはごく少数だ。
自分の利益のために新しい流行をしかける人もいるし、世間とは無関係に趣味をきわめているうちに世の中がそれを面白がって流行に変化するような、いってみればオタクタイプの人もいるだろう。
イノベーターはある意味で我が道をゆくだけだが、流行を考える上で一番大事なのはアーリー・アダプターだという。

流行のはじまりを作るイノベータとアーリー・アダプター(ロジャーズはこの2つの集団をあわせてアーリアー・アダプターearlier adoptersと呼んでいる。訳語は「初期の採用者」)が進取の精神に富む、他人とは違う存在でありたいと思う新しもの好きでちょっと風変わりな人たちだとすると、
レイト・マジョリティーとラガード(2つあわせてレイター・アダプターlater adoptersという。訳語は「後期の採用者」)はどちらかというと保守的な人々である。
流行が次第に広まってくると自分もそれに乗り遅れまいと周りに同調する、遅れたくないという心情が強い層である。

あまり知られていないことだが、実は我が国の広告業界では流行を作り出し新しい風習として定着させていくためにこうした心理的傾向を早くから把握していた。
80年代に、山崎浩一は流行に対する人々をこう表現した。
<(略)絶対多数の他者と同じものを見聞き、持つことによって安心したがる。と同時に、他人と同じものはイヤだ、と本気で思っていたりもする。まさに同化と差異化のアンビバレンツの間を、不規則な振り子のように揺れ動く2枚舌の消費者たち。>(『ひとり大コラム―僕的情報整理術』光文社文庫 1986年 p.267)。

人間の心の中にある、二つの真逆な心のあり方。
山崎によれば、自分だけはまわりの人と異なる存在と化したいという願望を「異化」と呼ぶ。
前述のアーリアー・アダプターは、こうした「異化」の傾向が強いグループだと言えよう。

それに対し、まわりに遅れたくない、他人と己をできるだけ一体化させたい、他人=自己というほうが安心するという心のあり方は「他己」として知られる。
レイター・アダプターは、こうした「他己」の傾向が強いというわけである。

つまり流行というものは、まわりと違っていたいと思うグループから火がつき、まわりと同じでありたいと思うグループにひろまって定着し、新たな風習となるわけだ。

考えれば考えるほど、恵方巻きという食べ物およびその普及の課程の奥が深いことがわかる。
すなわち、恵方巻きは単なる太い海苔巻きではない。
心理学的にもマーケティング学的にも大変に興味深い、
たくさんの「異化」と「他己」を海苔で巻いた偉大な食べ物なのだ。

(FB2014年2月5日を再掲)

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