インフルエンザ濾胞と我らの足もとに眠るもの2

インフルエンザの患者さんには、見てすぐ分かるような特有の体の変化というのはないとされていた。咳やくしゃみがない(少ない)わりに熱が高いとか、体のふしぶしが痛くなるとか、いつもの風邪より重症な感じがするとか、そうした「ふつうの風邪じゃなくてインフルエンザっぽいな」という特徴はあるものの、診察だけでこれだという決め手になるような所見は無いものだと思われていた。

だからインフルエンザのシーズンに熱が出て受診すると、「念のため」と言ってかたっぱしから鼻の奥に棒を突っ込まれてインフルエンザ迅速検査というのをやられて、インフルエンザだとかそうじゃないとか、若干ながら機械的に診断されていたのが常であった。

このインフルエンザだと一目で分かるような特徴的な肉体的所見はない、という今までの常識に対し、喉の奥にインフルエンザ濾胞(ろほう)というイクラのようなふくらみが出来ることを発見したドクターがいた。茨城県の開業医の宮本医師である。

インフルエンザ濾胞を見分けるには修練が必要だし、これからもインフルエンザの迅速検査(鼻の奥に棒をつっこんで粘膜を取ってきてしらべるやつ)は同じようにやられていくだろう。
しかしこの話で感動的なことの一つは、開業している町のドクターが、日々の診療の中でこれを見つけ出して調べてまとめた、ということだ。

ここらへんのニュアンスを伝えるために、かつての医師のキャリアパスについてざっくり書く。
昔のシステムでは、医学部を卒業するとたいていの場合、大学病院で1~2年間、上司に指導されながら研修をする。自分が専門とする科のグループに所属して専門知識と技術を身につけたのち、一般病院に派遣され数年働いて実践的な経験を積む。
そののち今度は指導する側として大学病院に呼び戻され、研究しながら後輩たちの指導をする。そのまま大学病院で研究を続けて助手(助教)→講師→助教授(准教授)→教授と出世していく者もいれば、しばらく後進の指導をしたのちに一般病院(市中病院)に赴任・就職していくものもいる。

そんなキャリアパスのなかで、どちらかというと開業医というのは「なんでも屋」であり、研究の最先端にはいないという位置づけであった(ここらへんの書き方はなかなか難しいですね)。

かつて働いていた病院で、先輩ドクターが開業するため病院を辞めることとなった。

「おめでとうございます」と言ったら、少々さびしそうな顔で、「ありがとう。でも、これで“アガリ”かと思うとちょっとね」と先輩が答えた。
開業=専門医としてバリバリの第一線ではなくなる、というニュアンスだったのであろう。

 

開業しているドクターのなかには地域医療の最前線でがんばるという前向きな医師も多い。一方で、少なくともかつては、「自分の専門性を活かせない」「患者がたくさん来るけど風邪と腹痛ばかりで、ルーチンワーク化してしまって残念」と後ろ向きな感情を抱きつつ働いている開業医の先生もおられたように思う。

未知の難病の解明に最先端の機器や研究手法を駆使して挑むことは素晴らしい。
しかし「かつてはオレも大学病院でバリバリ研究していたのに、今では診るのは風邪とインフルエンザばかりだ」とクサったりせず、日々の地道な診療の中から新たな発見をした、というところにぼくは感動を覚える。

金脈を求めてフロンティアに旅立つことは尊い。しかし皆にさんざん踏み荒らされた一見何の変哲もないつまらない道を丹念に丹念に観察し、足元に眠っているものを掘り起してみるというのも素晴らしいことだ。

かつて教育者森信三は生徒たちにこう語った。

社会が様々な鉱石を含んだ大きな絶壁だと想像してごらん、と。
誰だって、金鉱や銀鉱が眠る場所に行きたいと思うだろう。
しかしですね諸君、と森信三は続けた。


<(略)真っすぐわが眼前の鉱石の層に向かって、力の限りハンマーをふるって掘りかけたとしたら、たとえそれは金鉱や銀鉱ではないとしても、そこには確実に何らかの鉱石が掘り出されるわけであります。すなわちその鉱石の層が鉛ならば、そこに掘り出されるものは鉛であり、またその鉱石の層が鉄鉱ならば、そこには確実に鉄鉱を掘り出すことができるわけであります。
 なるほど鉄や鉛は、金銀と比べればその値段は安いでしょう。しかしまた世の中というものは、よくできたもので、鉛は鉛、鉄は鉄と、それぞれそれでなくては用をなさないところもあるのです。いかに金銀が尊いからといって、金銀の太刀では戦争はできません。>(森信三『修身教授録』致知出版社 H元年 p.98)

 

金鉱や銀鉱を掘り当てるのを夢想するのもよいけれど、まずは眼前の鉛を堀り鉄を掘れ。そのためには今この場所で力の限りハンマー振り下ろせ。

インフルエンザ濾胞の発見のエピソードを聞いたとき、真っ先に思い出したのは実はこの森信三の講義だった。

なぜこの話を連想したか自分でもよくわからないけれど、
まあいろいろあるんすよ。

 

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