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難聴があっても補聴器をしたがらない高齢者が多いのはなぜか(R改)

日々の診療でご高齢の方と接していると、ときどきひどい難聴の方がいる。そうした難聴の方はどういうわけか補聴器があまり好きでなく、何度勧めてもつけようとしない。

 

診察のなかで年齢を聞いたり物の名前を覚えてもらって後で繰り返してもらったりすることがあるけれど、そういうときには難聴の方には結構手こずることがある。

 

どうして補聴器をつけようとしないのだろう、聞こえづらいと不自由ではないのかなと不思議に思っていたが、あるときこれは一種の心の防衛本能ではないかと思うようになった。

加齢や病気で記憶力や判断力が落ちても、人間にとってプライドや自尊心はなによりも大事なものだ。
個としての身体的・精神的能力が減少してしまえばむしろその分だけ、自尊心はその輝きを増していく。
認知症の方も当然そうで、若くしてアルツハイマー病となった(一部で「前頭側頭型認知症」という記載あり)クリスティーン・ボーデンの「私は誰になっていくの?  アルツハイマー病患者からみた世界」(クリエイツかもがわ 2003年)や「私は私になっていく 認知症とダンスを」(クリエイツかもがわ 2004年。著者が再婚したためクリスティーン・ブライデン名義)を読むと、日々記憶力・判断力・遂行能力が落ちていくことにおびえながらも自らの魂を気高く保っていこうという姿に心打たれる。
そうした患者さんにとって、自分自身の記憶力や計算力などの低下は十分実感わかっているのに、わざわざ診察のときに主治医それを試されるのは正直言って苦痛だろう。

 

だからこそ記憶の検査の結果が悪くても、記憶力が落ちたせいではなくて聴力が落ちたせいという一種の心の逃げ場を保っておく必要がある。そのためにあえて補聴器をしないのではないか、と考えた。
もちろん科学的に実証されたわけではないが、あまりの補聴器の不人気ぶりにそんなことを思うようになった。

 

そんな仮説を立て、八十数歳のおばさまにどうして補聴器をしないんですかと聞いてみた。
若い人ってダメね、というような慈愛の笑みを浮かべながらおばさまは言った。
「この歳になるとね、先生、世の中のことがいろいろ聞こえすぎると疲れちゃうのよ」。
なるほど。

 

まあ多くの場合、単に補聴器が煩わしいから、というのが正解なんでしょうが。
(FB2013年11月12日を加筆再掲)

 

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