白い円楽・黒い円楽ー歌丸さん『笑点』引退(R改)

歌丸さんが『笑点』を引退するとのことで、2013年のものを再掲。

 

人は誰も、心に二人の円楽(先代)が潜んでいる。
すなわち、ブラック円楽とホワイト円楽。
ブラック円楽は悪の化身で「山田くん、座布団全部とっちゃいなさい」とささやき周囲を貶める。
それに対しホワイト円楽は「山田くん、座布団二枚あげてください」、と他人のよいところを積極的に見つけて、より高みに人々が登っていけるよう力を貸す。
以前に大学生の政策立案コンテストの審査員に呼ばれたことがある。そのときは7:3でホワイト円楽が勝った。

 

医療分科会ということで、5大学から医療関連の政策提言を受けコメントし採点したのだが、どのチームも統計解析を駆使して現状分析をしているのには感心。
テーマとしては医師の偏在、在宅医療推進のためのナースプラクティショナー養成、救急車の有料化、若者の献血離れ対策、日本と中国の医療問題についてをそれぞれのチームが挙げていた。

 

ホワイト円楽とブラック円楽を駆使してコメントし、総評では以下の3冊の本を推薦。
備忘録として推薦理由とともに。

1.『生命と自由を守る医療政策』 印南一路他 東洋経済 2011年
 現状分析を徹底的にやっても、政策提言が自動的に出てくるわけではない。
 「is; である」を突き詰めても、「ought; べき」が自然に導かれるわけではないからだ(Hume's guillotine;ヒュームのギロチンというそうな。参考文献 ヒューム『人性論』中公クラシックス 2010年 p.185-192)。
 たとえば、医療の地域格差があるという「is」、事実があるとしても、「社会に格差はあって当然。むしろ格差があるから這い上がろうとして皆努力するのだ」という価値観の人と、「格差は問題。格差がありすぎると世の中が乱れる」と言う考えの人では導き出される政策が180度異なる。
 実は政策を考えるうえで大事なのはどのような価値観や倫理に基づいて国や社会が動いているかを知ることだ、という例として本書を提示。

 

2.『500億ドルでできること』ビョルン・ロンボルグ バジリコ株式会社 2008年
 38人の経済学者が「世界をよりよくするためにあと500億ドル使えるとしたら、一番に投資すべきことは何か」ということを議論した、コペンハーゲン・コンセンサスの本。
 日本にも世界にも問題は山積みで、けれどもそれらすべてをいっぺんに解決するだけの資源やマンパワーはない。
 だからといってあきらめるのではなく、優先順位をつけて解決を図るのが「an idealist without illusion;幻想なき理想主義者」の姿である。
 そのためには政策でもコストパフォーマンスというものを考える必要がある。
 そんなことを学べる一冊。

 

3.『貧乏人の経済学 もういちど貧困問題を根っこから考える』 A・V・バナジー&E・デュフロ みすず書房 2012年
 自然科学では様々に条件を変えて実験を繰り返すことで自然法則を探っていく。
 それに比べ、社会事象は一回限りのことなので条件を変えた実験(ランダム化対照試験)ができないから、どんな政策が有効でどんな政策がそうでもないかというのは本当はよくわからないというのが今までの感覚だった。
 しかしMIT教授と助教の著者二人によれば、開発経済学の分野では、たとえば地域の貧困問題を解決するために、ある地域では政策Aを、同じ貧困レベルの他地域では政策Bを、そしてさらに他の地域では政策Cを行い、数年後にそれぞれの地域の貧困度を計測することで政策A,B,Cの比較をし、有効性の優劣をつけるという研究が行われているそうだ。
 本来は、我が国の特区制度もそうした比較実験のための制度だったんじゃないだろうか。

(政策コンテストに呼ばれたのは2013年のことで、今だったら中室牧子『「学力」の経済学』 ディスカヴァー・トゥエンティワン 2015年も紹介するかもしれない。同書の中でもバナジーとデュフロの仕事は紹介されている。Kindle版 1044/2162あたり)
  
 あのときの政策コンテストに参加した大学生の、誰か一人でも上記の本を手にとってパラパラと頁をめくってくれることがあれば本当にうれしいと思う。
そんな参加者がいたら、それこそホワイト円楽から座布団何十枚あげたっていいくらいである。
(FB2013年11月30日を加筆再掲)

 

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