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患者さんと医者の関係の地域性(R改)

「東京の人と大阪の人と名古屋の人が三人で会食をした。
食事が終わって三人はそれぞれ考えた。
東京の人は<全員分払うといくらになるか>を考え、
大阪の人は<割り勘すると一人あたまいくらになるか>を考え、
名古屋の人は<自分の分をおごってくれるであろう東京の人と大阪の人になんてお礼を言ったらよいか>を考えた」。


魔夜峰央のマンガ『パタリロ!』で昔読んだネタである。
実際の名古屋の人の性格がどんなものかは知らないが、たしかに土地によって人柄や気風は大きく異なる。

 

先日も、大阪出身のおばさま患者さんからこんなことを言われた。
「大阪ではね、お医者さんはみんなよーく説明してくれるで。
自分の体のことやさかい患者さんがみんなしつこく聞くからね。
関東では患者さんはおとなしうお医者さんの言うことをへえへえと聞いて、裏でああだこうだ言うやろ。
お医者さんもパソコンの画面ばかり見てぶつぶつ言うとるだけやし。
大阪でそんなことやってたら三日でつぶれるで。
大阪のお医者さんはお互いによう知っとるから、<この手術やったらぼくより△△病院の何とか先生のほうがうまいから、紹介したるわ>ゆうて、ちゃちゃっと紹介状書いてぽんぽーんて紹介してくれる。
関東の先生は気難しうてかなわんわ。
……そうや、先生、アメちゃんあげよか」
プライバシー上の問題から一部大幅に脚色してあるが、だいたいそんな趣旨だった。なるほど地域によって医者‐患者関係というのはこうも違うのか、とぼくは大いに感心した。

確かに医者-患者関係を見直そう、よりよい関係をつくろう、というNPOは大阪発だったりするし、医者と患者間の風通しのよい関係性が大阪にはあるのかもしれない。

 

面白いことに、懇切丁寧に病気について説明し、いくつもの治療選択肢を提示し、患者さんにどの治療法がよいかを選んでもらうという診療スタイルは万能ではないらしい。
ある地域出身のお医者さんと話したら、「ぼくの出身地でそんなやり方したら、それこそ患者さんはあっという間に逃げちゃいますよ。<あそこの医者は自分の診断や治療に全然自信がないんだ>って噂が立ってね」だそうである。
理想はともあれ、その地域の一定の年齢以上の患者さんは「何も心配するな、俺の見立てに間違いないからつべこべ言わずに心配しないで俺の決めた治療を受けろ」という診療スタイルを好むようだ。
そうした押し付けがましいスタイルは父権主義・パターナリズム/Paternalism(語源はラテン語のpater,父)としてずいぶん糾弾されたものだが、まあ土地土地によってそれぞれ事情がある。
パターナリズムはダメ、絶対やめなさい、という態度もパターナリズム的な気がするが、そこらへんどんなものなのだろう。

 

土地や相手によって好まれるスタイルは異なる。
そうしたことを考慮に入れつつ、自分が正しいと思うやり方をちょっとでも実現していくことが肝要である。流されすぎず、つっぱりすぎず、しなやかに健やかに仕事をしていきたいものであるなあ。

 

まったく関係ないけれど、名古屋が日本から独立したら通貨単位はUIROだろうか。
ナナちゃん人形自由の女神化し、本日の交換レートは100円=1UIRO 25 dagaya的な。
喫茶マウンテン万歳、フォーエバー・大名古屋ビルヂング
(FB2014年4月29日を加筆再掲)

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