現代社会では、誰もが常にプレゼンテーションを求められる。プレゼンテーションを成功させるためにはおさえるべきポイントがいくつかある。
以下に列挙する。
1.“お持ち帰り”はなにか。
まず第一に、プレゼンのとき聴衆は基本的に語り手の話を聞いていない。
聞いていないというと語弊があるが、あとで覚えていることはごくわずかだ。
だからこそ、プレゼンの組み立てのときには、成功イメージを明確にしておく必要がある。具体的には、聴衆が帰宅して風呂に入っているときのことをイメージする。
聴衆がプレゼン会場をあとにして帰宅し夕食を食べ、湯船にゆったりつかったときに「今日のプレゼンは○○だったな~」と思い出してもらいたい内容を決める。
そうすると、細かい数字をたくさん覚えてかえってもらったりするのは無理だとわかる。
“お持ち帰り”いただけるものはごくわずかで、一つか二つだからこそ、そこから逆算してプレゼンを組み立てなければならない。
プレゼンテ―ションを聞いた人が家に帰って入浴しているときに何を思い出してもらいたいかを明確にしなければ、内容はとっちらかるばかりだ。
2.具体と抽象
「××は△△です」と抽象ばかり話しても仕方がない。
そのあとに「例えばこんな例が...」と続けてこそ抽象が印象づけられるのである。
抽象論・一般論だけでは魅力的にならないのはプレゼンテーションもスピーチも一緒だ。スピーチ(プレゼンテーションの一形態だ)について、カーネギーはこんなことを言っている。
<実例と一般論を積み重ねたおいしそうなケーキースピーチはこうでなくてはいけません。見聞きした具体例と、それらの実例から説明できるとあなたが思う原理について、考えを深めるのです。具体例というものは抽象論より、記憶するのも話すのもずっと簡単で、しかもスピーチの進行を助け、そこに輝きを与えもします。>(D・カーネギー『カーネギー話し方入門 文庫版』Kindle版 創元社 2016年 611/4087)
具体例・実例の羅列でもない、抽象論・一般論の垂れ流しでもない、実例と一般論あるいは具体と抽象の積み重ねこそがスピーチの肝だとカーネギーは言っている。プレゼンテーションもしかりである。
3.現地・現物・現場
世の中にはきれいごとの抽象論・理屈はくさるほどある。
語り手ならではのフレーバーを与えられるのは、独自の現地・現物・現場のエピソードのみである。
我々が毎日目にしているプレゼンテーションの成功例はなにか。テレビのニュースだ。
テレビのニュースの取材に行くときに必ず聞かれるのは、「物見せ」があるかだという。
<「物見せ」とは、スタジオで何か物を見せることです。
たとえば、潮干狩りの取材に行ったとしましょう。
現場で採れたアサリをいくつかスタジオに持ち帰ります。
当然採れたアサリは、映像として映ってはいますが、実物を持って帰ることに意味があるのです。
実物があれば、スタジオの「はじめの1分」でこういう紹介ができます。
「今日お伝えする旬の食材はこちら。アサリです。どうです?大きいでしょう?
このアサリを採りに、千葉県の○○海岸に行ってきました。
ではVTRをご覧ください」>(矢野香『NHK式+心理学 一分で一生の信頼を勝ち取る法』ダイヤモンド社 2014年 p.82)
上記の潮干狩りのニュースを、『潮干狩りのプレゼンテーション』として見たならば、プレゼンテーションにおける「現物」の威力は一目瞭然である。
現物を見せることで数億ドルを節約した例もある。
ジョン・ステグナーが勤務していた企業では、いくつもの工場がそれぞれ独自に仕入れを行っていた。手袋一つにしても、ある工場では3.11ドルで、別の工場では10.55ドルでそれぞれ購入していたのだ。
購入プロセスを適正化することで企業全体では莫大な金額が節約できる。
そう考えたジョン・ステグナーはどうしたか。
小難しい資料は作らなかった。ただ単に、研修中の学生に工場で使っている手袋を集めさせ、役員室のテーブルの上に置いた。その数なんと424種類。
すべてに異なった値札がつけられた424種類の手袋の山を見て、役員たちは自分たちがいかに無駄なことをしていたかに気付き、変革が始まった。現物提示によりプレゼンは大成功したわけだ(手袋のエピソードは2018年2月追記。ジョン・P・コッター『ジョン・コッターの企業変革ノート』日経BP社 2003年。p54-56より)
4.ライブ!ライブ!ライブ!
聴衆は忙しいなか時間を割いてプレゼン会場に来てくれる。
あとでA4用紙1枚にまとめたものをちらっと見るだけでもいいのに、その場にいてくれるのはライブ感を求めてにほかならない。
だからこそ、双方向のやりとりを取り入れたりすることが重要だ。
聴衆が「今、ここ」に集まってくれている意味を、何度でも問い直すべきだ。
3とも関係するが、例えばなにか引用するときでも「この本によると...」と実際にその本、現物を手にとって示すだけでもライブ感は増す。
5.追体験のジェットコースター
いきなり結論を言ってもだれも共感しない。
きっかけとなった言葉や経験、確かめに行った現場、それを踏まえてどう考えたか、を聴衆に追体験してもらえるようプレゼンを組み立てる。
可能なら心と体を揺さぶられるような、追体験のジェットコースターに聴衆を乗せ、はらはらどきどきわくわくさせながら間違いなく結論のゴールまで導くのがよい。
追体験のジェットコースターとは、言葉を変えれば「ストーリー」の活用ということだ。
歴史に残る名演説(プレゼンテーションの一形態だ)では、必ず「ストーリー」が語られているという。なぜか。
<人間はストーリーが大好きな動物です。文字が発明される以前から、ストーリーを語り続けてきました。世界中のどの民族にも、語り継がれてきた神話や民話があります。それはストーリーという形式が、人間の記憶に残りやすく、心を動かすことを知っていたからです。>(川上徹也『あの演説はなぜ人を動かしたのか』PHP新書 2009年 はじめに)
理路整然としたプレゼンテーションは美しいかもしれない。だがしかし、人間の記憶に残りやすく、聴衆の心を動かすのは、波瀾万丈・山あり谷ありのストーリーを感じさせるプレゼンテーションなのだ。
6.笑いは快のプレゼント
人間は快に近づき、不快から遠ざかりたがる生き物だ。
もっとも手軽な快は笑いであり、陥りやすい不快は退屈である。
笑いという快のプレゼントを渡しつつ、納得と感動という最大のプレゼントを用意する。
7.キーワード、キーフレーズ。「一言で言うと」
込み入った内容をすとんと腑に落とすには、キーワード、キーフレーズが重要だ。
立ち止まって、「一言で言うと☆☆です」と言えるか試してみる。
キーワード、キーフレーズをうまく利用できると、それだけでプレゼンは成功したようなものだ。
フランスには、「人間はうさぎのようなものだ。耳をつかまえろ」ということわざがあるという。
言うは易く行うは難しで、実践するのは大変ですけどね。
(FB 2013年5月15日を加筆再掲。2016年5月26日追記)
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