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本当は怖い日本の童謡

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生きていくには時に欺瞞も必要で、笑顔の裏には底知れぬ闇が潜んでいる。そんなことを教えてくれたのは童謡だった。

 

「森のくまさん」のハンパないストーカー感。さあお嬢さん、お逃げなさいと言っておきながらフフフと笑いながらあとからついてくるってなんだ。ひるがえって、自分の歌が白い貝殻の小さなイヤリングのお礼になると信じて疑わない病的な自己肯定感・自己愛の強さにも闇をかんじる。

 

ビスケットが入ったポケットをたたいてもビスケットは増えない。割れるだけだ。二つに割れたビスケットを「増えた」と称するのは欺瞞であり詭弁だ。

 

「線路は続くよどこまでも」という際限の無い拡張主義が巨額の国家負債を生み、今や老朽化した公共インフラの維持保全コストは各自治体の負担となっている。

 

高度資本主義社会の「おもちゃ」である我々が、箱=オフィスを飛び出せるのは〈空にキラキラお星さま みんなスヤスヤ眠るころ〉であり、つかのまの自由な時ですらマーケティングによりチャチャチャを踊らされているだけだと童謡は教える。そして朝になればまた、「おもちゃ」たちは箱に戻るだけだ。

 

最近恐ろしさをかみしめているのは『友達100人できるかな』の「消えた1人」の行方だ。
歌い手+友達100人イコール101人で登ったはずの富士山だが、おにぎりを食べるのは100人。おそらく1人、パシらされてるのだ。富士山の上からふもとのコンビニまで、100人の「食べたいな」の声によってみんなのおにぎりを買うためにパシらされてる奴がいる。

ワンフォーオールのスローガンのもと、いつだって少数者は全体のために犠牲にされる。「トモダチ」を賛美する歌のリズムは、全体主義の軍靴によって刻まれる。

 

ここから導き出される結論は明白だ。
こんな残酷なものを汚れを知らない子供たちに聞かせてはならない。歌わせるなんてもってのほかだ。
すべての童謡を国が検閲し、その多くを成人指定にするべきだと、私は強く主張したい。嘘だけど。

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