先週発売の週刊現代は『ダマされるな!医者に出されても飲み続けてはいけない薬』という特集を掲げ、ディオバンやブロプレス、アジルバ、ミカルディスといった降圧剤やクレストール、リピトール、リバロ、メバロチン、リポバスといった高コレステロールの治療薬、ジプレキサやパキシル、セロクエル、ルボックスといった精神科領域の薬、ハルシオンやマイスリーなど睡眠薬などをやり玉に挙げた。
掲載された『飲み続けてはいけない薬リスト①、②』(p.43,45)には全部で49種の薬が挙げられており、メジャーな薬はほとんど網羅されている。
「飲み続けてはいけない」理由としては、副作用があるから、飲んでも<効果のほどは「かなり怪しい」から>(p.43)、<寿命が延びる証拠があるわけでもない>(p.42)から、などが述べられている。
まず、すべての薬には副作用があり得る、ということはすでに先日論じた。
副作用のない薬はないし、使わないで済めば薬はできるだけ使わないほうがよい、と一人の医者としてぼくは考える。それは大前提だが、49種類の薬を十把一絡げにして「医者に出されても飲み続けてはいけない」と切って捨てるのは議論が雑すぎる。
そもそも薬を飲む意義とはなにか。
こうした「飲み続けてはいけない」「薬に殺されるな」という記事では往々にして議論のすり替えが行われているので注意して読まなければならない。
私見だが、こうした記事ではいくつかの論点が混同されている。わざと混同しているのかわからないで混同しているのかは知らないが、わざと混同しているのなら知的誠実さに欠けるし、わからないで混同しているのなら知的能力に欠ける。知的誠実さに欠ける人や知的能力に欠ける人との議論は往々にして徒労に終わる。混同先生、しっかりしてください。
「飲み続けてはいけない薬」的論争のときに混同されている論点を整理すると以下の通り。
①Aという薬は血糖値や血圧を下げるのか(短期的効果)
②薬Aによって血糖値や血圧が下がるとき、それは寿命を延ばすことにつながるのか(長期的効果。別の側面があるので後述)
③薬Aによって血糖値や血圧が下がり、寿命も延ばすことにつながるとき、それは本当の幸せをもたらすのか
まず①について。
これは比較的目に見えやすい部分だ。
飲んでも血糖値・コレステロール値や血圧が下がらない場合には、そもそも降圧剤や糖尿病、高コレステロールの薬として認可されない(当たり前だ)。
①の論点で議論になるのは、アリセプトやレミニール、メマリー、イクセロンパッチといった認知症の薬だ。記憶力や判断力、計算力というのは体調によっても多少変化するし(疲れていて睡眠不足の状態を考えていただくとわかりやすい)、数値にして評価する場合も降圧剤に対する血圧の変化ほどは実感しづらい。
明確によくなる方もおられるが、多くの場合は「認知症の薬飲み始めてなんとなくいいかな」とうぐらいの効果にとどまるように思う。
もっとも、「なんとなくいいかな」程度でも薬を飲む意義はあると個人的には思うし、薬を飲んだとたん別人格のようになってしまうのもそれはそれで怖い。
議論の本丸は②だ。
Aという薬で一人の人の血圧やコレステロール、血糖値が下がるのは確認できたが、じゃあそれは寿命を延ばすのに貢献してるんですか、という議論だ。
これは実は、じっくり手間をかけないと証明できないことが多い。
きちんと立証するには、何千人から1,2万人程度の参加者を集めて5年から10数年ほど追跡調査をしないといけない。こうした調査は「(大規模)スタディ)」と呼ばれる。
例えば何千人~1、2万人の参加者を集めて数グループに分ける。一つのグループでは薬Aを飲まないで自然の経過を見る、もう一つのグループでは毎日薬Aを飲んで経過を見る、さらにもう一つのグループではAと同等の短期的効果を持つ薬Bを飲んで経過を見るなどといったスタディを行う。
10年なり経過を追っておくと、各グループの参加者の中から一定の割合で脳梗塞を起こしたり心筋梗塞を起こしたりするひとが出てくる。
薬を飲まないグループよりも、毎日薬Aを飲んだグループのほうがものすごく脳梗塞や心筋梗塞を起こした人が少なければ、薬Aは長期的効果を持つことになる。
こんなふうなスタディをしてみると、短期的効果はあっても長期的には大きな病気になる確率にたいして差がない薬というのも出てくるし、短期的には血圧やコレステロールの値を下げても、長期的にはかえって副作用などで命を落とすことのある薬というのもわかってくる。これは、やってみないとわからない(注1)。
こうした大規模スタディは、参加人数が多くなるほど、それから経過を追う期間(観察期間)が長いほど手間暇がかかる。当然一人の医者ではできないので、大学病院や研究機関がグループを組んで行う。データをまとめて分析するところで公正さに欠けるやり方をすると大きな問題になる(注2)。
医者はこうした大規模スタディのデータをもとに、「薬を飲むと大きな病気の予防になる」と言っているわけだが、そこらへんは一人の人間にとって実感しづらい。薬を飲まなくても大きな病気にならないかもしれないじゃないか、という感じで、そこらへんの実感のしづらさが「薬を飲み続けていいの?」という疑問につながるわけである。
だが、一人の人で同時に、薬を飲まない状況と薬を飲む状況を作り出すことはできないので、ここらへんのところは上述の大規模スタディを行うしかないのが現実だ。
ちなみに、ある結果が一つの大規模スタディで出たからといってそれが絶対的な真理とはならない。その結果を覆すようなスタディが別の研究グループから発表されるようなことはいくらでもある。だから「薬Aで寿命が延びたという研究がある」あるいは「薬A飲んでも飲まなくても寿命は変わらなかったという研究がある」と断言し、だから薬Aを飲めとか飲むなとかいう人がいたらその人はサイエンスをわかっていないから鵜呑みにしないほうがよい。いったりきたりして少しずつ真理がわかっていくのがサイエンスなのだ。
「真実を探している奴を信じよ、真実を見つけた奴を疑え/Believe those who are seeking the truth;doubt who found it」(ジイド)、あるいは<一疑一信して相参勘し、勘極まりて知を成さば、其の知始めて真なり。(略)疑ったり信じたりして考えぬいて、考えぬいた結果が最高に達して知識が体得されたなら、そのような知識にしてやって本物となる。>(中村璋八・石川力山『菜根譚』講談社学術文庫 1986年 p111,112)
論点③について述べるには夜も更けた。
ただ、③については、寿命が延びることが幸せにつながるかどうかは、狭い意味での医学が立ち入るべき領域ではない。医者は、他人様の人生が幸せとか幸せじゃないとか言えるほど偉くない。
ただし「西洋医学は無理やり寿命は延ばすけどそれが本当の幸せなのかねー」とからんでくる人は多いし、そういう人はこちらの言うことを聞く気がないので議論にならない。議論のときに軽々に「本当の何なにとは」「本当の何なにって」を連発する人は真理を探究する気がないということを元外交官の北川達夫氏が書いておられた(残念ながら手元にない。収載されている雑誌や本をご存じのかた、教えてください)。自分の気に食わないほうに議論が向いたときにはいつでも「そんなのは本当の何なにとは言えない」と切って捨てることができるからだ。「本当の幸せ」云々を論じてよいのは宮沢賢治だけだ。
週刊現代の特集『ダマされるな!医者に出されても飲み続けてはいけない薬』の反響はだいぶ大きかった。何人もの患者さんに「クレストールは飲んじゃいけないって新聞広告に書いてあった」と言われた。たぶん雑誌の売り上げもよかったんじゃないだろうか。
ぼくが週刊現代の編集長なら、さっそく『告発第2弾!まだまだダマされるな!医者に出されても飲み続けてはいけない薬2』の企画を通す。
最近のスタディで、プロトンポンプ阻害薬と呼ばれる薬を飲み続けると認知症になりやすいんじゃないかという論文(たしかドイツのグループが出した)もあるし、そこらへんのところを記事に仕立てあげたらいけるんじゃないか。H氏あたりだったら喜んで使いやすいコメントをくれるだろうし。
上記①~③の論点をあえて混同させて、真理を探究するというよりは患者さんを無意味に不安に落とし入れ、医者と患者さんの相互不信をどんどん強めるような記事はまだまだこれからも出るだろう。雑誌を売るほうからすれば、雑誌が売れればそれが正義で、記事を鵜呑みにして薬を全部やめてしまって脳梗塞や心筋梗塞になる読者がいても知ったことではないのだろう。
つけるクスリは、無さそうだ。
(注1。2016年12月追記)「長期的効果の良し悪しは大規模研究をやってみないとわからない」の有名な例として、不整脈の治療薬が寿命を延ばすか、という研究がある。CAST study、SWORD studyなどでは、「不整脈の治療はできるが寿命は縮んだ」という結果が出た。
http://www.lifescience.co.jp/yk/jpt_online/doukou/doukou_0201/0201.htm
(注2.2016年12月追記)高血圧の薬ディオバンの研究で非常に大きな問題となった。
*週刊現代に対する反論を取材していただきました。
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