「クレストール、飲んでもだいじょうぶ?」
もう何度目の質問だろうか。
「週刊現代、お読みになったんですね」
とぼくが言うと、患者さんが苦笑いする。
今日もまた、週刊現代の特集を読んで患者さんが戸惑っている。
『医者に出されても飲み続けてはいけない薬』という特集を週刊現代がぶちあげたのが6月。6週に渡り、クレストール、ディオバン、プラビックス、アリセプト、パキシルといった薬を実名で『飲み続けてはいけない』と叩き続けた。
その影響は甚大で、不安になった患者さんからの問い合わせが全国の病院や診療所、薬局に殺到している。
何百回も言うが、すべての薬には副作用があり得る。飲まないで済むならば薬は飲まないに越したことはない。
しかし副作用のリスクがあってもトータルでみるとメリットが大きいものが、薬として成立している。
副作用のリスクに最大限気を付けながら、慎重に薬と付き合うのが正しい。
こういうことは極めてまっとうでわかりやすい話だと思うのだが、それでも週刊現代特集のような「反医療」記事は人の心をつかんでしまう。なぜだろうか。
プロパガンダの手法を研究した本、『大衆操作 宗教から戦争まで』(ガース・S・ジャウエット、ビクトリア・オドンネル ジャパン・タイムズ 1993年。原題は『Propaganda and persuation』)にはプロパガンダの効果を最大にする手法についてこんな一節がある。
<・受け手の先有傾向:共鳴を作り出すこと
メッセージは、受け手が現在もっている意見、信念、傾向と一致したとき、より大きな衝撃力をもつのである。>(p.310)
<一般人が共通にもっている見解と対立するよりもむしろ支援するメッセージのほうが、おそらく効き目があるであろう。>(p.311)
何種類かの薬を処方されているかたというのは、潜在的に「こんなに薬飲んでいていいのかしら」という不安を抱えている。あるいは、主治医の態度がデカくて偉そうな場合、「こんなヤツの言うことを聞きたくない」と思っている人もいる。
週刊現代特集は、そうした感情をすでに持っている(=先有傾向)読者に共鳴するように、「医者の言うがままに薬飲んだら危険!」というメッセージを発した。だから受けたのだ。
しかし日本を代表する超一流スーパーエグゼクティブアンドクリエイティブ・ミドルエイジクオリティマガジンの週刊現代とはいえ、記事の信頼性が世界で最も高いとは言えない雑誌の記事がこれだけ多くの読者の考えに影響を及ぼすのはなぜか。
ひとつは、週刊現代特集が恐怖喚起コミュニケーションの手法を使っているからである。
メッセージの受け手に影響を与えるために効果があるのは、理性的・論理的であるよりも、感情を揺さぶるようなメッセージのほうが有効だ。
なかでも恐怖という感情を揺さぶるようなメッセージは影響力が強い。
<レーベンサールらの実験では、強いおどしをかけられた者ほど説得されやすいことが見いだされています。破傷風ワクチンの接種の重要性を知らせる時に、強い恐怖アピールとともに説得すると、被験者の予防接種に対する態度がより好意的に変化しました。>(菊池聡ら編著『不思議現象 なぜ信じるのか こころの科学入門』北大路書房 1995年 p.80。名著です)
週刊現代の特集では、一貫して「医者の言うなりに薬飲むと死にますよ」という恐怖喚起が行われている。
また、情報媒体の信頼性と影響力について研究したホブラントらは、情報に接触した直後は信ぴょう性の高い媒体(学会専門誌など)の記事のほうが信ぴょう性の低い媒体(ゴシップ誌など)の記事よりも読者への影響が強いことを証明した。
しかし興味深いことに、時間の経過とともに読者への影響力と元ネタである情報媒体の信ぴょう性は無関係になっていくという。
ざっくり言えば、「何で読んだか忘れちゃう」からで、これをスリーパー効果という(上掲書 p.79-80)。
医者は「週刊誌の情報を信じるなんて」と嘆くが、情報媒体の信ぴょう性はあまり関係ないのだ。
ぼくが危惧するのはこうした「反医療」キャンペーンがさらに広がっていくことだ。
これに対し、どうカウンターを打っていけばよいのだろうか。
ひとつ有効な手法は、MJ法だ。
MJ法は、複数のメディアで同時期に同じ書き手が同じ内容のプロパガンダを繰り返し世に送りだすことで、読者に「今の世の中って、これがマジョリティの考え方なんだ」と錯覚させ、実際にブームを巻き起こしていく手法である。
偉大なるMJの著作から引用してこの記事を終えることにする。
<幸いなことに私は、女性ファッション誌からエロ本まで、読む層や本屋の棚も全く違う、多種多様な雑誌で連載をさせていただいています。なので、そのときハマっている「マイブーム」について、一気に全部の雑誌に書くのです。
世間の人は、「こいつ、あちこちで同じことを書いている」「ネタの使い回しだ」とは、実は思いません。コラムの書き手の名前をいちいちチェックしているマメな読者や、私の連載を全部追いかけてくれるような熱心な読者は少数だからです。私が狙っているのは、あるとき美容室で読んだ女性ファッション誌で、「いやげ物」について書いてあるのを読んだ読者が、別の日に病院の待合室で、週刊誌に書かれた「いやげ物」についての記事を読むことです。するとその人はこう思います。「あれ、また、いやげ物というのが載っている。もしかして流行っているのかな?」と。>(みうらじゅん 『「ない仕事」の作り方』 文春E-BOOK)
蛇足だが、ゆるキャラブームを見ればMJ法の有効性は火を見るより明らかだ。
というわけで、本日発売の週刊SPA、ちょこっとコメント載せていただいてます。
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