元アナウンサーの某氏が「人工透析患者は自業自得。全額自費負担にさせよ!無理だというのなら云々」とブログにアップして炎上中だという。云々の部分はおぞましいから書かないが、品性の無いことだと思う。
生活習慣が病気のリスクを増大させるのは事実だ。人工透析導入の理由の一部は糖尿病で、そのなかには不摂生していた人が一定数いるのも事実だろう。
だが、究極的には、病気というのは誰がいつなってもおかしくない。病気になるまではみなわからない。病気になってはじめて人は言う、「なんで俺が」と。
こういう「病気は自業自得」発言に怒りを素直に表明できるほどぼくはもうピュアでもなくて、ただ虚ろな気分のなかリフレインするのは
<気分がいいだろうな 善人のツラを被って やり返してこない相手を叩くってのは>(筒井哲也『有害都市』上巻 p.203)というセリフのみ。
「病気は自己責任」と突き放して、それでなにが解決するというのだろう?
言った本人は「社会のタブーに挑戦してやった」と気持ちいいかもしれないけど、それすら実は二番煎じどころか何万番煎じで、so whatだ。
だったらなにか、もっと問題解決的なアイディアを出したほうが建設的だ。
雑誌『Forbes JAPAN』10月号に興味深い記事が載っている。p.36からp.39、『ハーバード大学が提唱する「ビヘイビアヘルス」とは何か?』という記事だ。
アメリカでもっとも危険な都市、ニュージャージー州カムデンの物語。
医師、ジェフリー・ブレナーは、カムデンの病院のデータを整理していて気が付いた。
<「約10万人のカムデン市域の住人のうち、わずか1,000人が病院医療費の30%を消費している。」>(p.38)
10万人の住人が同程度に医療サービスを利用しているわけではなく、少数の人々が繰り返し繰り返し病院を受診し、医療費を消費しているのだ。
たとえばこんなふうに。
<最初に見つけ出した患者は40代半ばの男性で、ひどい心不全、喘息、コントロール不良の糖尿病、甲状腺機能低下、痛風があり、しかも喫煙者であり、アルコール依存症だった。そして何といっても目を引くのが、254キロという体重だ。>(p.38)
件の元アナウンサー氏ならきっと、声高に「自業自得だ!」と責め立てるだろう。ボイストレーニングのたまものである滑舌の良さと声のトーンは、困っている人を責め立てるために磨き上げたものなのだろうか。
医師ブレナーがとった方法は別だった。ブレナーは、ICUに入院したミスター254キロのもとに足しげく通ったのだ。なぜこういった状況が生まれたのか、彼の生い立ちから探るために。
<彼はもともと車の販売をしており、ガールフレンドとの間に2人の子供がいた。しかし、アルコールでつまづいた。アルコールに依存するようになってからは定職に就けず転落人生であった。気がついたらトレイラーハウスに住んでいた。彼には主治医もいなければ、人生の展望さえなかった。
数カ月後に退院すると、ブレナーは看護師とともに頻繁に彼の家を訪れ、血糖値や血圧の測り方だけでなく、自分で健康的な生活リズムをつくれるように食事の作り方まで教えた。また、ソーシャルワーカーをつけて保険を取得させ、主治医も見つけることができた。やがて彼は喫煙も飲酒もやめ、体重もおよそ半分になり、家族とともに暮らし、日曜には教会に行くようになった。彼はもう救急車を呼ぶこともなければ入院することもなくなった。>(p.38-39)
今は半分の体重(それでも127キロですけども)となったミスター254キロ氏のように、生活習慣病のかたまりで、病院を使いまくるような人をブレナーらは「スーパーユーテライザー」と呼んだ。
カムデンのスーパーユーテライザー36人の行動変容を促すことにより、<(略)彼らの月平均37回に及ぶ救急受診、月1億3000万円に及ぶ入院費が半減した>(p.39)という。
カムデンとしては月6500万円もの医療費削減に成功したわけである。
この話のポイントは、スーパーユーテライザーも幸せになり、カムデンの保険財政も良好になったということだ。知恵と情熱で、そういうことだってできるわけだ。
「自業自得の病人なんて見捨てろ!助ける今のシステムは日本を滅ぼす!」と切って捨てる人がいる。「自業自得の部分もあるかもしれんけれど、おおもとの原因を解決して行動変容する手助けをしてあげることで、本人も社会システムも助かるんじゃないの」と動く人がいる。
どちらが人間として上等か、どちらの社会がよりよい姿かは、火を見るより明らかだ。炎上だけに。
ま、そうはいっても実際カムデンの話を日本でやる場合にどこから予算取ってくるかとかの課題はありますけども。また予防医学には予防医学の課題がありまして↓