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バリ島のコーラ売りかく語りき(R)

「いいよな、日本人は」
バリ島のビーチで彼は言った。
「葬式のお金がかかるからね、バリ人は」

 

何年も前の夏休み。
数週間後にテロで爆破されることになるシーフードレストランの近くのビーチでうだうだしているとわらわらと物売りがよってきた。
ぼくはコーラ売りから二本のビン入りコーラを買って一本を自分で開け、もう一本を「イッツユアーズ」と言ってコーラ売りに渡して、ひまつぶしに世間話をはじめた。

 

「バリではね、ゴーカな葬式を出さないといけないんだよ。
葬式のお金を貯めるため、何年も働かないといけないこともある」
流暢な日本語でバリ人の彼は言った。
親が亡くなって豪華な葬式を出さないと、そこのうちの子供は甲斐性なしと村で言われてしまうのだという。
“豪華な葬式”と聞いて、そのとき反射的にぼくの頭に浮かんだのが黒沢明の映画「夢」の終わりのほうで出てくる葬式シーンだった。

 

終末期医療について考えていて、頭をよぎったのはバリ島のコーラ売りの話だった。
調べてみると、バリ島の葬儀「ンガベン」は、「今生の棲家である身体を脱ぎ、魂を自由な状態に解き放つ儀式」であり、費用がかかる儀式なので何年も経ってお金ができてから葬儀を行うこともあるそうだ。
(参考HP:「夢幻楽園バリ島 『ウブドへの旅』」
http://www.hotel-des-sports.net/bali/post_10.html
参考HPによると、合同葬を政府が奨励しているとのこと。豪華な葬儀を出すために国民がお金を使い果たしてしまうことを心配してのことだろうか。
詳しいかたいたら教えてください。
日本でも、沖縄の離島に行ったときに「葬儀は簡素に」という住民キャンペーンをやっているのを見たことがある。

 

こんなふうに、何にお金をかけるのかはその国の文化によって大きく違う。
インドネシア人のことはインドネシア人が決めるし、日本人のことは日本人が決める。
「欧米では終末期医療にお金をかけない。日本も見習うべきだ」という論理が成り立つならば、「バリ島では葬儀にお金をかける。日本も見習うべきだ」という論理も成り立つはずだ。
日本の医療をどうするか、どれくらいの医療費をかけ、どの分野に振り分けるべきかは日本の文化や歴史に基づき日本社会自身でどうにかこうにか決めないといけない。大変なことだけれども。
(FB2013年11月26日を再掲)