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大隅教授会見『社会全体で基礎研究を支える仕組みを』に思うー100年前、築地精養軒にて

ノーベル生理学医学賞受賞が決まった大隅良典栄誉教授が、記者会見で「社会全体で基礎研究を支える仕組みを」とたびたび訴えておられる。

ノーベル賞・大隅教授「年間100万円あれば、やりたいことを進められる研究者がたくさんいる」 (日刊工業新聞電子版) - Yahoo!ニュース

背景には、国からの研究予算が年々削減されていることがある。

2004年に国立大学が独立法人化されて以来、「着実に」国からの予算は削減され続けている。国からの予算、運営費交付金が減り続けているため、多くの国立大で教員の補充もできない状況にすらなっている。

国立33大学で定年退職者の補充を凍結 新潟大は人事凍結でゼミ解散 (THE PAGE) - Yahoo!ニュース

 

国立大学が独立法人化(略して独法化)されて数年したときのことだったか、ある教授がため息まじりにぼくに言った。「高橋君ね、昔はぼくらの研究グループに、黙っていても二千万円ほどの研究資金が配布された。それが今ではいくらかわかるかい?なんと五十万円だよ。そのぶん民間企業などの協力を得ないとならないんだよ」

実際の数字については記憶違いもあるかもしれないが、独法化以来、研究者の苦境が続いているのは間違いないだろう。

 

民間から研究費をつのるというと、ぱっと思いつくのがアメリカの金持ちだ。

ビル・ゲイツウォーレン・バフェットが出資したビル&メリンダ・ゲイツ財団は363億ドル(!)の基本財産を持ち、教育や健康などの支援の一環として研究者にも資金がまわっている。facebookザッカーバーグ夫妻は「あらゆる病気の根絶を目指す」とのことで今後10年間で30億ドルを医学の基礎研究に提供するという。

chuplus.jp


スーパー格差社会のアメリカだが、あっちの金持ちは時々(というかしょっちゅう)こういうことをやるからエラい。

それに引き替え日本の金持ちは…と言うこともできるが、フェアではない。

ユニクロ柳井正氏も、海外留学を志す若者向けの支援団体、柳井正財団を作っている。サイトによればこの財団は最大年間7万ドルを4年間支給するそうで、見たこともない好条件なので、条件にあてはまる若者が知り合いにいたら教えてあげてください。

海外大学進学を目指す方へ – HLAB


民間から基礎研究のために資金を集める話に戻る。

今から103年前、築地精養軒に多くの財界人が集まった。その数約150人。

「国民科学研究所設立」のための資金を募るためである。

財界側の音頭取りをしたのはあの渋沢栄一

集められた財界人を前に、ひとりの男がスピーチをした。高峰譲吉。アドレナリンの発見者である。
高峰は立ち上がって言った。

 

<「従来本邦に発達していますところの事業を見ますると、いわゆる知識を世界に求むる明治の方針に基いて、新事業はほとんどヨーロッパから教わってきた、またはヨーロッパの模倣をしている事業であります。

 かくのごとくにしていつまでもヨーロッパの模倣をするということは、甚だ面白からぬことであろうと思いますし、またいかにかして日本固有の……少くも東洋固有の材料もしくは事業を研究し、発明して起さなかったならば、本邦の産物を世界に広く売り広めて、世界の富を本邦に吸収することは覚束ないと思われるのであります。それゆえに何か新たに有益なる発明研究をしなければならぬと思います」

 と、彼は説き起した。その発明研究には基礎を積みあげねばならぬ。「急がばまわれ」である。>(宮田親平『科学者たちの自由な楽園』文藝春秋 1983年 p.33。後掲の朝永振一郎『科学者の自由な楽園』とは別の本で、題名が紛らわしいので文庫化のときには別の題名になっている。下線部筆者)

 

このスピーチのおかげか、この研究所設立のために、国からの補助金(10年間で200万円)と皇室からの下賜金(計100万円)に加え、<三井、岩崎両家の各五十万円を筆頭に、大正六年三月十九日までに二百十八万七千円が寄付名簿に記載>(上掲書p.47)されたという。

このときに設立された「国民科学研究所」こそ理化学研究所、通称「理研」だ。

女性研究者の話でケチをつけたものの、研究者にとって理研は世界有数のスーパー研究所であることを申し添えておきたい。

 

大隅教授はインタビューで、短期的な成果を求められることでますます日本で基礎研究がしにくくなっていると痛切に訴えている。実際、いわゆる成果主義の悪弊が研究分野も浸食していて、研究資金を得るための書類作りや根回しなどに研究者たちは労力を吸い取られている。だが、「この研究は何の役に立つの」という視点は、ときに研究を先細りさせてしまう。

研究で成果を出させるためには定期的に報告書を書かせたりしたほうがよいと思うのだろうが、実は研究者にとってこれはマイナスだったりする。

研究者が必死になって研究し、成果を上げる環境づくりにはどうしたらよいか。答えは簡単、「一切の義務を与えない」のである。
少なくとも、初期の理研はそうだったようだ。

<月給はくれるが、義務はない。いや、義務はなにもないのに、月給はちゃんとくれるといった方がよいだろう。義務がないということはまことによいことである。というと、怠け者の言にきこえるかもしれないが、本当はかえってこれほど研究に対する義務心を起させ、研究意欲を煽るものはないのである。

 不思議なことだが、まあとにかく研究しろと、なにもいわずに月給だけをいただいてみると、別に何時から何時まで出勤しろといわれるわけでもないのに、良心が黙っていられなくなるのである。(略)

 なまじ、たとえば何時から何時まで会議に出ろとか、かくかくの書類をつくれ、などという義務があると、そういう形式的な義務を果たしただけで、自分の義務は全部済んだという気分になってしまう。そこで良心が安心してしまうというわけで、さらに新しい意欲は湧かない。

 人間とはそういうものである。研究をさせるためには、だから良心を安心させてはいけない。安心させないためには、そういう口実を与えてはならないということである。>(朝永振一郎『科学者の自由な楽園』岩波文庫 2000年 p.248-249)

 

月給は出るが義務がないというのはパラダイスのようだ。しかし、まわりの同僚が次々と成果を上げるなか月給をもらいながら何もできないという状況は、やったことのある人ならつらさがわかるだろう。そういう状況に置かれると、自分も何かやらなきゃと駆り立てられるものであるし、そもそもが研究者というのは放っておいても(むしろ放っておかれてこそ)研究に打ち込むものなのだ。

 

つらつらと思うまま述べた。

どうやって文章をまとめてよいか見当もつかないが、時にはそれもよいだろう。
文章のオチのつけかたについては日夜研究を続けているが、研究というのはそうすぐに成果に結びつかないものなのである。

 

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