読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

長谷川秀夫教授『残業100時間を越えたくらいで過労死するのは情けない』を支持する人々。

10月9日付ハフィントンポストによれば、武蔵野大学の長谷川秀夫教授がNewsPicksに<月当たり残業時間が100時間を越えたくらいで過労死するのは情けない>と書き込んで批判を浴びているとのこと。

www.huffingtonpost.jp
もともとのコメントは、過労死白書というものが発行されたというニュースにつけられたコメントのようだ。

image.itmedia.co.jpしかし話の流れや<残業100時間>と書いてあることから、過労死自殺が認定された広告代理店の若い女性のことが念頭にあったのは間違いないだろう。

公式に認定された残業時間が100時間(105時間、130時間、とも)というだけで、記録を許されなかった残業や社外での接待等々の拘束時間があるんじゃないかと思いつかないのはおかしいし、ほかのニュースを読むと労働時間以外のパワハラ的な要素が相当あったようだ。

http://mainichi.jp/articles/20161008/k00/00m/040/117000c

教授は<自分で起業した人は、それこそ寝袋を会社に持ち込んで、仕事に打ち込んだ時期があるはず>とも書いている。しかし、自分である程度先行きを見通したり自分でペース配分できる結果としての残業100時間と、裁量権がなく見通しのないまま他人のペースで強制される残業100時間では心身の疲労が違う。
それに会社に寝袋を持ち込んで起業のために仕事に打ち込んだ人々のなかには身体を壊して撤退した人もたくさんいるはずだ。そういう人たちはこの問題について黙して語らない。「みんなそういう時期を乗り越えてきたんだ」と誇らしげに自分語りするのは「乗り越えた人」だけ。こういうのを生存者バイアスという。

驚くのは、この教授のスタンスを支持する人々がネット上にはそれなりにいることである。
「俺が若いころは200時間とかザラだった」とか、「医者はもっと働いている」とか。
偏見だが、50代~60代のベテランビジネスマンに多い。

もうさ、残業130時間で追い詰められるなんてヤワだ、医者は残業200時間してるぞ、とかワーカホリック自慢するのやめましょうよ。そんなことしたって誰も幸せにならないよ。働き過ぎで死ぬ人がいる一方で、働き口が無い人がいるなんて労働分配がアンバランスだ。
とにかくさ、若い人が働き過ぎで死ぬ国なんて異常だよ。

エモーショナルなところは封印して書くけど、この国の資源は人しかないわけですよ。石油もでないし農業大国でもないし。
その唯一にして最大の資源=人が、少子化でどんどこどんどこ減ってるわけです。
そんな中、その世代で最優秀であろう最高学府を出た若い人材を追い詰めて死に追いやったとしたら、罪以外のなにものでもない。

 

あーこの広告や番組は若者を追い詰めた会社が作ったものなんだーとか、おたくの会社は例の若い優秀な人を追いやった代理店と取引してるんですね、とかいう評価を社会からこの代理店は受け続けていくことになるわけでしょ。それでもバンバン仕事が来るのかもしれないけど、こういう代理店に発注する権限のある人は立ち止まって考え直してほしい。

 

もう一回言うけど、エモーショナルな部分は封印します。「残業100時間を越えたぐらいで過労死するのは情けない」というような反対意見が出てきて無限ループになるから。

どう考えても、若者が働き過ぎで死ぬなんて社会や会社なんてのは、誰の得にもならないし誰も幸せにしないんじゃないかね。

『残業100時間を越えたぐらいで過労死するのは情けない』という大学教授の意見を内心支持しているような方々、残業130時間で死ぬなんて今の若者はヤワだ、俺なんて残業200時間とかザラに働きまくって日本を支えたぜ、とかいう50代~60代のビジネスマンの方々にお願いです。

「俺はもっと働いてた」というワーカホリック自慢も「最近の若者はヤワだ」という若者批判も、若者批判の姿を借りた「俺たちはそんなことも乗り越えて日本を支えた」というタフガイ自慢も要りません。

そんなものはどうでもいいから、とにかく早いところ「失われた20年」を返してくださいよ。