AIについて語るときに我々の語ることー医者がケンタウロスになる日 2

イライザが誕生して50年、幸いにして人間の精神科医はいまだにその活躍の場を奪われていない。

しかしブライアン・クリスチャンの『機械より人間らしくなれるか?』(草思社文庫。チューリングテストに挑むライターの話)によれば英国国立最適保健医療研究所(同書より。文脈よりNational Institute for health and Clinical Excellence;NICEの事と思われる)は2006年に軽度のうつ病の初期治療の一つとして、認知行動療法プログラムのソフト使用を推奨したという(同書p141-142)。

 

この事実ーうつ病の初期治療のために認知行動療法ソフトが選択肢にあがるようになったことーはいったいなにを意味するだろうか?

人間の精神科医やセラピストの仕事が一部奪われたと考えるのか、それとも医療専門職が足りなくてもともと手薄だった部分を、ソフトウェアが助けてくれていると考えるべきか。

前者と考える立場なら、AIがいずれ医者のほかの仕事も奪っていくと考えることになる。後者なら、今、手が足りない医療分野を補う形でAIを活用できるととらえることになるだろう。少なくともしばらくの間は。

経済学の考えでいえば、前者はAIを医者の代替財としてとらえ、後者はAIを医者の補完財としてとらえている。

 

後者の考え方、AIは人間の医療職が足りない分野や苦手な分野を補ってくれるという考え方を採用すると、AIの医療分野への広がり方が違ってみえてくる。

たとえば夜間の救急外来。

日本の病院では、医者や看護師にとって夜間の救急外来は生死がかかった瀕死の状態の患者のためのものである。そこに風邪やちょっとした腹痛の軽症患者が訪れることは歓迎されない。限られたマンパワーを奪われるからだ。
しかしたとえ医療者からみて軽症であっても、患者本人にとっては一大事だったりする。
そこの需要と供給のミスマッチをカバーする形で、AIが補助的に医療分野に入ってくることはあり得るだろう。いくつかの法的免責事項に同意したのち、コンビニ受診の患者はひとまずAIに診てもらうことになるだろう。「こっち(人間の医者)は忙しいから、AIにでも診てもらえ」というセリフが救急現場で飛び交うようになる。

 

また、経済的格差が広がるなかでいわゆる貧困層向けの簡易医療としてAIによる診療所が認められていくこともあるかもしれない。
アメリカではウォールマートなどに併設されている看護師メインのクリニックなどにAIがバンバン入っていくだろう。アメリカに限らず、移民向けの医療分野もAIがどんどん入っていくことになる。
いずれの分野も、人間の医者が手薄なフィールドであり、必要性がありAI導入への抵抗が少ない。

 

そうした形でAI診療が社会的認知を得ていく一方で、より高いレベルの医療分野にもAIがどんどん入ってくる。しかしそれは、人間の医者の仕事をAIが奪うのではなく、医者の仕事をサポートする形で入ってくることになる。PubMedのように。

 

PubMedというのは医学文献検索ソフトだ。
こういう分野の論文を読みたい、と検索ワードを入れると、世界中の一定レベル以上の論文をピックアップしてくれる。
PubMedなどの検索ソフトが出来る前は、医者は膨大な量の時間を手作業で論文を探すのに費やしていた。

その時代、論文検索する膨大な時間も医者の仕事の一部だったわけだが、PubMedが人間の医者の仕事を奪ったと思っている医者は一人もいない。

AIと人間の仕事を考える上での先行事例は、チェスだ。
今から20年前、1997年、IBMワトソンの祖先であるディープ・ブルーは、人間のチェスチャンピオンに勝った。

敗れたチェス・チャンピオンの名は、ガルリ・カスパロフ

しかしカスパロフは、転んでもただでは起きない類の男だった。

彼はこう考えたのだ。
<(略)もし自分がディープ・ブルーと同じように、過去の膨大な試合を記憶した巨大なデータベースをその場で使えていたら、もっと有利に戦えていただろう(略)。こうしたデータベース・ツールを使うのがAIに許されるなら、人間が使ってもいいはずだ。ディープ・ブルーのように、人間の知性も拡張しようじゃないか。>(ケヴィン・ケリー『<インターネット>の次に来るもの 未来を決める12の法則』NHK出版 2016年 kindle版851/6881)。

カスパロフが考えたのは、AIと人間が戦うのではなく、AIと人間がタッグを組んで戦うスタイルのチェスの試合である。これをフリースタイルのチェスと呼ぶ。
フリースタイルのチェスでは、AIだけが戦ってもよい。人間だけが戦ってもよい。そして、AIと人間が組んで戦ってもよいのだ。
AIと人間が組んでチェスをするというのはどんな感じか。ケヴィン・ケリーの表現を借りれば、それは<車を運転していてカーナビを使うのと同じようなもの>だ。
AIの指示する指し手に従ってもよいが、時には人間の判断を優先する。
この、AIと人間が一体になったチェスプレイヤーチームを、カスパロフは人と馬が一体となった神話の登場人物になぞらえて「ケンタウロス」と呼んだ。

そして、フリースタイルのチェスで一番強いのは、人間だけのチームでもなく、AIだけのチームでもなく、人間とAIが一体になった「ケンタウロス」のチームだという(上掲書 865/6881)。

 

将棋の世界には、人間の棋士とPonanza!などの将棋ソフトが戦う電王戦というものがある。

現在、日本の将棋界で騒ぎになっているのは、ある人間の棋士が対局中にスマホの将棋ソフトを盗み見て戦っていたのではないかというスキャンダルだ。このスキャンダルが決着してしばらくすると、上記のフリースタイルのチェス大会のように、人間の棋士と将棋ソフトがチームを組んで戦う「人馬王戦」とでも言われる大会が提案されるかもしれない。

 

さて、AIと医者の話に戻る。
AIが人間の医者の仕事を奪うのはまだ先の話だろう。
その前にAIは、夜間救急のコンビニ受診や経済的貧困患者や外国人ワーカー向けの分野をカバーするようになるはずだ。
さらに人間の医者とチームを組む形で、より質の高い医療を患者に提供するようになる。

そのとき医者は、ケンタウロスになる。

「AIと一体になるだって」とある医者は言うだろう。
ケンタウロス?上半身が人間で、下半身がウマなんて、化け物じゃないか。私は人間のままでいたいね」というかもしれない。

だがしかし、思い出していただきたい。

ギリシャ神話の時代、ケンタウロス族の一人ケイローンは医者だったのだ。

AIに医者の仕事を奪われるのではないかと心配するのもよいが、AIと一体になった診療スタイルを確立し、新時代のケイローンになるのも面白そうではないだろうか。

202X年、地球の医者は、ケンタウロスになる。

 

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