週刊文春『飲んではいけない薬』を機に確認しておく薬によるパーキンソン症状

今週木曜日発売の週刊文春では、『飲んではいけない薬』を特集していた。

執筆者が鳥集徹氏だったため当初警戒して読み進んだ。警戒した理由は二つあって、鳥集氏は例の週刊現代の特集の一部を執筆していたことと、その昔『ネットで暴走する医師たち』という本を出して医者叩きをした過去があったからだ。

 

幸い文春の記事本文は週刊現代と比べるとかなりバランスのとれた良心的なものであった。p.170の<主な「飲まないほうがいい薬」>リストは、「十分注意したほうがよい薬」くらいの名称にしてほしかったが。

上記リストに挙がっている主なものは抗生物質ではクラリスロマイシン、アジスロマイシンなど、総合感冒薬ではPL配合顆粒など。PPI(プロトンポンプ阻害薬)ランソプラゾール、オメプラゾール、ラペプラゾールナトリウム、ベンゾジアゼピン睡眠導入剤トリアゾラムエチゾラムブロチゾラム抗精神病薬リスペリドン、クエンチアピン、オランザピンなどなど。そのほかにも降圧剤アルファ遮断薬や血糖降下剤が挙げられている。

なかでも目を引いたのはスルピリドである。スルピリドは食欲低下の際に使われる薬だが、ぼくの専門とする神経内科領域では有名な薬である。副作用でパーキンソン病のような症状を起こすことがしばしばあるのだ。

 

パーキンソン病は脳の中でドーパミンという物質が作られにくくなるために起こる病気だ。主な症状として手や足のゆっくりとした大きなふるえや、筋肉のこわばり、顔や身体の動きが減ってくるなどの症状がある。

パーキンソン病そのものは脳の中の黒質という部分の異常だが、上の書いたような症状を出す病気というのがいろいろある。黒質は大丈夫なのだがパーキンソン病に似た症状を出す病気や状態を全部ひっくるめてパーキンソン症候群と呼ぶ。

パーキンソン症候群の中でも気を付けなければならないのが薬の副作用で起こる薬剤性パーキンソン症状だ。薬剤性パーキンソン症状を起こす薬で一番有名なのがスルピリド(商品名はドグマチール、アビリットなど。製薬メーカーにより異なる)なのだ。

 

薬剤性パーキンソン症状は、医者が知らないと見落とされる。ぼくら神経内科の医師は専門でやっているので気づきやすいが、思わぬ薬が薬剤性パーキンソン症状を起こす。

スルピリドはその中でも最も有名だが、他にも降圧剤の一種カルシウムブロッカーでも薬剤性パーキンソン症状をきたしたりする。個人的にはジルチアゼム(ヘルベッサー)で薬剤性パーキンソン症状をきたした方を治療したことがある。

ではどうやって医者が本物のパーキンソン病と薬剤性パーキンソン症状を見分けるかというとそう簡単ではなかったりする。
王道は、手や足のふるえ、筋肉のこわばりなどといったパーキンソン症状が出始めたころに何か疑わしい薬が開始されていないか繰り返し確認していくことだ。
たとえば、患者さんが動きにくくなった(パーキンソン症状が出始めた)ころに他の病院で上述のスルピリドが開始されたり増量されたりしていないかをお薬手帳などを駆使して確認していく。だから受診の際には必ずお薬手帳をお持ちいただくことが大事なのである。
悩ましいのは、疑わしい薬が始まってから薬剤性パーキンソン症状が出るまでのタイムラグだ。

Bondon-Guittonらフランスのグループが2011年に医学雑誌Movement Disordersに発表した論文「Drug-Induced  Parkinsonism: A Review of 17 Years' Experience in a Regional Pharmacovigilance Center in France」によれば、薬剤性パーキンソン症状の出現しやすいタイミングは薬が開始されて3か月以内が最も多い。この場合には疑わしい薬を特定しやすい。

しかし薬剤性パーキンソン症状の出る二番目のピークは薬剤開始後12か月ころという。この場合にはよっぽど注意しないとその症状が薬剤性であることを見落とす危険がある。

それではタイミング以外にホンモノのパーキンソン病と薬剤性パーキンソン症状を見分けるポイントはないだろうか。

Brigoらイギリスのグループが2014年に医学雑誌Parkinsonism and Related Disorders に出した「Differentiating drug-induced parkinsonism from Parkinson's disease: An update on non-motor symptoms and investigations」では、見分けるポイントとしてパーキンソン病では睡眠障害やにおいが分からないといった症状があることが多いことを指摘している。また、パーキンソン病では左右どちらかの手足に非対称性に症状が強く出ることが多いこと、薬剤性パーキンソン症状では手のふるえが少ないことなども挙げている。

だが同論文でも、決定的に見極めるにはDATスキャンなど特殊な検査が必要だとしている。

さらに事態を複雑化させていることがある。
薬剤性のパーキンソン症状が出た患者さんは、原因薬剤を中止して薬剤性パーキンソン症状がいったん無くなったあと、数か月から数年してホンモノのパーキンソン病の症状が出てくることがあるのだ。

パーキンソン病では、症状が出てくる前から何年にも渡って脳細胞に異変が生じている。その症状を出す前の時期に原因薬物が投与されると、通常の人よりも薬剤性パーキンソン症状が出やすいのではないかと推測される。
この潜在的パーキンソン病の時期にDATスキャンを受けてもらえば異常所見は出るはずだが、DATスキャンだけに頼りすぎると症状増悪の原因薬剤のチェックが甘くなってしまうかもしれない。

 

薬剤性パーキンソン症状とホンモノのパーキンソン病との見極めは、結局は疑わしい薬があれば慎重にやめてみるしかないのだろう。

医の道は長く険しい。


↓「白くて丸い薬」は言っちゃダメ。薬と上手につきあうコツ、載ってます。

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

 

 

関連記事

hirokatz.hateblo.jp

hirokatz.hateblo.jp

hirokatz.hateblo.jp

www.kinokuniya.co.jp