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AIと欲望の果て

以前から「生産性の上がり過ぎた世界で何が起こるか」ということについて考えている。

思考実験として、1人の人がそれぞれ1の食糧を生産し、1の食糧を消費する100人の村を考えてみる。

1人の人が1の食糧を作り、自分で食べたり売買したりして暮らしている。プラスマイナス・ゼロ。

ここで、ある人Aさんが80の食糧を作れるロボットを作ったとする。Aさん一人で80の食糧を生産できるので、村全体で作れる食糧は179。でも村全体の消費可能量は100しかない。

Aさんがロボットを使って作る食糧は格安だ。なにしろ人件費がかからない。

さてそんな世界では人間はどうするか。ロボに食糧生産を任せて遊んで暮らせるのは、Aさんが無料で食糧を分けてくれるときだけだ。

格安とは言えAさんがロボを使って作る食糧を買うにはお金を稼がなければいけない。しかしいったいどうやってそのお金を稼ぐのか?

そんなことをうだうだと論じていたらN先生が言った。
「ロボの問題点は消費をしないことなんですよ」

なるほど。

80の生産をするロボが、同時に80の消費をするならば実は何の問題もない。
1の生産をし、1の消費をする人が80人増えたのと村社会に与える影響はイコールだからだ。

村社会の均衡にとって問題なのは、ロボが80の生産をしながら消費はゼロだということなのだ。

 

人工知能AIが人間社会に与える影響の一部は、上記の状態と似ている。

AIが人間から労働を奪うというが、これはAIが猛烈な勢いで生産だけして、まったく消費しないことにも由来する。
AIが人間の1万倍生産し(実際には1万倍どころではないだろうが)、1万倍消費するならば、単にものすごく優秀な労働者が1万人増えて消費者も1万人増えただけのことだ。

需給ギャップ、需要能力が供給能力に追いつかないというのが現在の日本の経済的停滞をもたらしている理由の一つだ。
もし日本の生産能力をフル活用したら、まだまだ生産は出来るが、それだけの需要がない、モノやサービスを生産しても消費してくれる人がいないのだ。

そんな社会にさらにAIによって生産能力を付与しようというのだから、いったいどんなことが起こることやら。

ちょっと話がずれるけれど、労働運動系のムーブメントはよくほかの国の労働者の待遇改善を訴えたりする。「インターナショナル」なんて言うくらいで、労働運動は国境を越える。
うがった見方をすれば、あれは博愛精神や連帯意識といった綺麗ごとだけではなくて、他国の労働者が低い賃金で長時間働いてしまうと、仕事が自国から他国へ移ってしまうからでもある。
ある国ではみんな一日8時間しか働かない/働けないのに、隣国ではみんな安い賃金で一日16時間働く/働かされる状況だと、自国から隣国にどんどん工場などが移っていってしまうだろう。

だから労働運動系のムーブメントでは、インターナショナルな連帯を訴え、足並みをそろえようとするのではないかとあるとき思いついた。


そうした見方をすると、はるか昔、日本人がエコノミックアニマルなどと言われた時代、欧米の人から見ると日本の企業や労働者はエイリアンの侵略のように思われたのが分かる気がする。バカンスをよこせなんてうるさいこと言わずに黙々と長時間働く、生産と消費の均衡秩序を破壊する存在に見えたのではないか。そのころの欧米人にとって、日本人は、生産はするが消費はしないAIのような得体の知れないものに感じられたのではないか。

さて、そんなことを考えると、将来AIにも消費する機能をつけよ、という議論が出てきたりするのではないか。もうちょっとオブラートに包んだ言い方をすれば、「AIにも人権を」という言い方で、労働運動系の動きとして出てきたりするかもしれない。

AIに消費させるというのがどういう機能なのか想像もつかないが、AIを作る側や使う側はそれに抵抗するだろう。ローコストで生産だけしてくれるのがAIの取り柄なのに、消費する=AI自体に対する賃金が発生することになるのだから。

AIの普及に伴いどんな社会状況が生まれてくるのか、興味津々だ。

 

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