インテリジェンス・オフィサーと読む週刊ポスト <「塩分を下げれば血圧下がる」はやっぱり間違いだった>はやっぱり間違いだったー医療情報リテラシーの鍛え方③

週刊ポスト記事、<「塩分を減らせば血圧下がる」はやっぱり間違いだった>を題材に、専門外の情報の真偽をどう見極めていくかを考えている。

 

ほんとかウソかわからないような情報の海を渡っていく場合、特に専門外の情報をどう判断するかは重要だ。自分の専門分野の情報であれば見極めがある程度ついても、自分の専門外であれば判断材料がない。専門分野なら、可能ならありとあらゆる資料を読み込み、その分野のエキスパートに会いまくって徹底的に情報収集すべきかもしれないが、専門外の分野ではそうはいかない。人生は有限なのだ。

 

情報を取り扱うプロ、インテリジェンス・オフィサーは自分の専門外の分野の情報を学ぶときにどうするか。シンプルに、まずは本屋に行く。

<(略)その分野が並んでいる棚に行って、その棚の担当の書店員と相談するのです。
そして、「○○問題に関心があります。お勧めの本は何でしょうか?」と訊ねるのです。
その時の重要なコツは、入門書のような、基本書となる書籍を三ないし五冊、紹介してもらうことです。>(佐藤優『人たらしの流儀』PHP研究所 2011年 p.69)

 

紹介してもらう本は三ないし五冊と奇数であることが重要、と佐藤氏は言う。

何故か。

 

<奇数で買うのは、著者の見解、主張が分かれているときに自分で判断しなくていいからです。三冊買うと、二冊賛成、一冊反対ならば、その二冊の説を取るのです。

ーなるほど。その三冊の内訳を具体的に……。

書店員が一番いいという本と、二番目にいいという本。それから、その分野で、いま一番売れている本。この三冊を買います。>(上掲書 p.69-70)

 

インテリジェンス・オフィサー流のこのやり方を、「塩分を減らせば血圧下がるというのは間違い」という説に応用してみよう。

血圧に関して基本書となる一番、二番目に売れている本として、『内科学(第九版)』(朝倉書店)、『高血圧治療ガイドライン2014』(日本高血圧学会)を採用する。

佐藤氏の言う、<一番売れている本>として便宜的に週刊ポストを用いる。

塩分と血圧に関する記載をそれぞれ抜き出してみるとこうなる。

 

<(血圧の)環境因子として最も重要なものに食塩の過剰摂取がある.食塩摂取量と収縮期血圧は良好な正相関係を示し,食塩摂取が多い集団ほど高血圧が発症しやすいことはこれまでの研究からも明らかである.>(『内科学(第九版)』Ⅱ p.616)

<かつて本邦において,高血圧が多く,脳卒中が多発した理由の一つとして,食塩の過剰摂取があげられている。食塩摂取量が多くなると血圧が高くなる。>(『高血圧治療ガイドライン2014』 p.12)
<「塩分犯人説」は終わっている>(週刊ポスト12月2日号 p.35)

 

インテリジェンス・オフィサー流に言えば、2対1で『塩分と高血圧は関係がある』説の勝ち。

ただし知的フェアプレイ精神にのっとって言えば、実は週刊ポストでも食塩感受性について触れていて、食塩摂り過ぎて血圧が上がる人もいれば上がらない人もいると述べている。食塩感受性についてはもちろん『内科学』でも触れられている。
<高血圧患者では食塩負荷に対して血圧が著明に上昇する患者から,血圧がほぼ同じレベルにとどまる患者まで分布し,食塩感受性には個体差がある。>(『内科学(第九版)』Ⅱ p.616)

 

ある分野の本を三冊(ないし五冊)買って、意見が異なる場合には多数決に従う、というインテリジェンス・オフィサー流のやり方にはもちろん限界もある。多数決が常に正しいとは限らないし、科学的真理の探究には本来多数決はなじまないものだからだ。

 

<多数決原理の基本は、人間それ自体を対立概念で把握し、各人のうちなる対立という「質」を、「数」という量にして表現するという決定方法にすぎない。(略)正否の明言できること、たとえば論証とか証明とかは、元来、多数決原理の対象ではなく、多数決は相対化された命題の決定にだけ使える方法だからである。>(山本七平『「空気」の研究』文春文庫 1983年 p.77)

 

新たな分野の知識を身に着けるためには三冊ないし五冊の本を買うという方法を勧める佐藤氏も当然その限界は指摘している。

 

<厳密に言うと、このような方法は知の技法として正しいことではない。たとえば、地動説か天動説かについて、15世紀に有識者の多数決をとれば天動説が圧倒的に正しかったことになる。20世紀初頭でも、宇宙にエーテル空間(原文ママ)が存在するかについては、存在するというのが圧倒的多数派だったが、現在、自然科学者でエーテル空間を認める専門家はまずいないだろう。

 学術的な真理は本来、多数決とはなじまないということをよく念頭に置いたうえで、日常的には暫定的に多数決に従って知識をつけていくしかない。>(佐藤優『読書の技法』東洋経済新報社 2012年 p.55-56)

 

自分の専門分野であれば全ての時間と労力とを注いででも真理を探究し、真理だと確信できるものがつかめれば少数派であっても主張を続けるべきだ。しかし問題は、現代社会において専門外の情報の量は膨大であり、取捨選択を常に迫られているということである。
血圧と食塩の関係はそもそも学術的な真理に関する話である。だから本当は、三冊の本を買ってどちらの意見が多いか多数決で正しいかどうか判断するのはこの問題に最適な方法ではない。
だがしかし、食塩と高血圧の関係について専門家を目指すつもりがないのであれば、インテリジェンス・オフィサー流の『三冊の本を買って、その多数派を暫定的に信用する』というやり方は一考に値するはずである。

 

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