病院の待ち時間を考えるー「到来型待ち時間」と「到達型待ち時間」

病院と言えば長い待ち時間、というくらい病院を受診すると待たされる。「3時間待ちの3分診療」なんて言われるくらい、日本の病院では待たされるイメージがある。

病院の名誉のために申し上げると、統計をとってみると実は3時間待ちというのは例外的なできごとで、病院での待ち時間は「15分未満」が25.0%と最も多く、ほとんどの場合は1時間以内だという(厚生労働省 平成26年受療行動調査 結果の概要p.5)。

すいすいと受診までたどりつけた場合にはあまり記憶に残らないが、長く待たされた場合には強烈に記憶に残る、というバイアス、偏りもあるのであろう。

統計的にはほとんどの場合1時間以内の待ち時間だからよいかというとそうでもない。
病院に対する不満、クレームのうち不動の1位は「待たされすぎる」というものだからだ。
病院側としては様々な理由がある。病院というのは具合が悪い人がかかるところで、診察をしているうちに急変して対応しなければならないこともあるし、ものすごく具合が悪い人がいれば優先して診なければならない。予測ができないことが起こるのが病気なので、時間通りにはいかないというわけだ。
だが一方で、「待たされすぎる」という不満、クレームを放置しておけばどうなるか。患者さんサイドの不満が高まれば、中には必要以上に攻撃的になる人も出てくる。医者や看護師、事務スタッフなどに強い口調で攻撃的に「いつまで待たせるんだ」と言い続ける患者さんが続出すれば、病院スタッフの側もピリピリする。その結果、患者さんが減れば病院の経営的な問題にもなるし、疲弊したスタッフが離職すれば運営面でも問題が出る。「待ち時間」の問題を放置すればさらに大きな問題を引き起こすことだってありうるのだ。

待ち時間という点で、病院はラーメン屋に似ている、と前田泉氏は指摘する(『待ち時間革命』日本評論社 2010年 p.44)。
ガラガラと扉を開けてラーメン屋に入って、自分以外に誰もお客がいなかったら「失敗した!」と思うだろう。誰もほかにお客がおらず、待ち時間ゼロのラーメン屋はたいていの場合、腕が悪いからだ。
同じように病院・診療所に行って待合室に人っ子一人おらず、待ち時間ゼロだったらどうか。おそらく非常に不安になるだろう。「この病院、大丈夫なの?」と。
要するに、患者さんからすれば待ち時間ゼロを望んでいるわけではないのだ。

ではどの程度の待ち時間だったらがまんできるのか。
前田氏らの調査では、患者さんががまんできる待ち時間は施設によって違った。
慢性の病気で診療所にかかる場合は32分、同様に慢性の病気で大きな病院の場合は41分、高度な専門医療を大病院で受ける場合には50分、高度な専門医療を大学病院で受ける場合には56分が、がまんできる待ち時間の長さだという(『待ち時間革命』p.47)。

この記事を読んでから、ぼく自身はなんとか予約時間の30分以内に診察するように心がけている。

 

ある程度の待ち時間はやむをえないこととして、もっとも病院側が意識すべきことはなにか。それは「到来型待ち時間」と「到達型待ち時間」の違いである。

「到来型待ち時間」と「到達型待ち時間」は三重県立看護大学の上本野唱子氏が提唱している考え方だ(『「到達型」と「到来型」で考える待ち時間対策へのアプローチ』 外来看護新時代 2001 Vol.7 No.3)。
「到来型」というのは<目的を達せられる時間の予測がつかない待ち時間>、「到達型」は<ある時間になれば必ず目的を達せられる待ち時間>だ( < >内は上掲論文より)。
病院の待ち時間でいえば、いつ呼ばれるかわからないまま待たされて結果的に1時間後に呼ばれる場合には「到来型」、およそ1時間後に呼ばれるとわかっていて待つのは「到達型」の待ち時間ということになる。

容易に想像できるように、「到来型」の1時間と「到達型」の1時間では「待たされ感」が全く異なる。「到来型」の1時間ではイライラするが、「到達型」の1時間なら結構待てるものなのだ。

 

仮に待ち時間の物理的な短縮は不可能な場合でも、受付番号を配布してあと何人くらいで自分の順番が来るのかわかるようにしたり、大型ディスプレイなどで現在の受診状況がわかるようにすることは可能だ。この工夫によって、待ち時間の予測がつくようになり、イライラ度の高い「到来型待ち時間」を受け入れやすい「到達型待ち時間」に変えることができる。

話を脱線させると、いつ順番が来るかわからない「到来型待ち時間」はイヤだけど予測のつく「到達型待ち時間」なら受け入れられるという人間心理は面白い。
人気ラーメン店などの行列も、何人が自分の前に並んでいるか可視化されることで「到来型」を「到達型」に変えているのだともいえる。またファミリーレストランなどで席待ちリストも同様で、あえて待っている人の名前をリストにして順に消していくことでやはり待ち時間を「到達型」に変えているのだろう。もしあの席待ちリストが客から見えなかったら、店員は「あとどのくらい待ちますか」としょっちゅう声をかけられて仕事を中断する羽目になるだろう。


予測がつかない「到来型待ち時間」はNGだが、これだけ待てば必ず目的が達せられるという「到達型」はOKという人間心理は相当に根深いものだ。
「待ってればいつか必ず目的は達せられるから心配するな」といくら言われても人間は納得できない。「あとこれくらい待ってて」と、どれくらい待てばいいか言ってもらいたいのだ。人間は、「到達型」は待てるけど「到来型」は待てない。それはどんなに成熟した者でも変わらない。
地上でもっとも心穏やかで落ち着いた信心深き仏教徒でさえ、「弥勒菩薩は必ず現れるからあと56億7000万年だけ待ってて」と「到達型待ち時間」で言われないと安心できないくらいである。

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3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

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