船橋市・中條医院を継承いたしました。

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このたび、千葉県船橋市にある中條医院を継承することとなりました。
中條医院は約37年に渡り船橋市高根木戸のかたがたの健康を支えてきた医院であり、その伝統を引き継ぐ責任の重さに身が引き締まる想いです。

 

三県問題とは

信州の哲人医師、色平哲郎先生から「三県問題」について教えていただいたのは2010年ころの話です。
三県とは千葉県、神奈川県、埼玉県。東京周辺のこの三県では、住民数に比べ医療リソースが少なく、それがこれから顕在化してくるであろうというのが色平先生の教えでした。
厚生労働省平成26年データ(①)によれば、人口10万人あたりの届け出医師数は全国平均で244.9人。それに対し、埼玉158.9人、千葉189.4人、神奈川209.3人。ちなみに茨城県は177.7人で、いずれも東京323.4人に比べると人口10万人あたりの医師数は格段に少ないのです。
これらの東京周囲3県(茨城を加えると4県)の特徴は、高度経済成長に伴い若い人口が急増した過去があることです。急増した人口が若いうちは問題は目立ちませんでした。若い人は病気になりにくいから。また、千葉都民、神奈川都民という言葉があるように、仕事も病院も都内に通っているため地元の医療リソースが手薄であってもそれほど気にならなかったのです。
また、統計データはたぶんありませんが、東京都を主たる勤務地と届け出ている医師たちも、非常勤として週の一部は上記4県で勤務していたところもあるでしょう。

しかし高齢化に伴い、全国で医療ニーズは高まります。また、今まで都内の病院に通っていた方がたも、退職したり足腰が弱ったりして地元の医療機関にかかることになります。
そうした地元に回帰した方がたの受け皿となる医療機関は、まったく足りないはずです。


都心の医療、農村の医療、ベッドタウンの医療

京都の堀川病院で訪問看護の専門部門「居宅療養部」ができたのは1974年のことです(②)。それ以来、訪問看護、在宅医療は着実に広がりました。
患者さんが病院に通うのではなく、医師や看護師が患者さんの自宅に伺う。このスタイルは都心に向いています(③)。
訪問するお宅が密集していて、移動時間が少なく次々と患者さんを診る/看ることができる。都心では医師、看護師、理学療法士などの有資格者を集めやすいし、大きな入院施設を建てるには土地代も高い。純粋に経済学的な視点からは、在宅医療、訪問看護などは都心部向きです。
都心部向きの医療にはもう一つあって、超高度専門医療です。
稀な病気を専門的に治療する医療機関は、全国から患者さんがアクセスしやすい都心に位置するのが向いています。手術ロボットを使い超高度な心臓血管外科の手術をする病院や、甲状腺の病気に特化した病院、コントロールの難しい神経疾患の治療を行う病院などは、患者さんが全国から通いやすいように都心にオープンすることを選びます。また、治験などを行う医療機関も、製薬開発メーカーとの距離が近い都心に位置すると有利です。
超高度医療機関+訪問診療が都心に向く医療スタイルではないでしょうか(患者さんにとってはジェネラルな普通の病院も大事なんですが)。

農村の医療はそれに比べ、大規模施設が運営しやすいように思われます。
経営的視点だけからすると、農村エリアで訪問診療を採算に乗せるのは大変です。
訪問する家と家の間の移動が1時間かかったりすると、1日で回れる軒(件)数は8-10軒(件)ほど。全国一律の保険点数が前提ならば、都心と比べると不利です。
これに対し、土地代が安く有資格者以外の働き手を確保しやすいのが農村エリアの特徴です。
このため、リーズナブルな大規模介護施設などを造りやすいのは農村エリアです。
また、ジェネラリストの医師が活躍しやすいのもおそらく農村エリアです。
都市部の患者さんは専門医志向が強く、また移り気で転居も多いので、「継続性こそ信頼そのもの」(④)というジェネラリストの良さがわかってもらいやすいのは農村エリアではないでしょうか。
農村エリアの医療、ヘルスケアの特徴を無理やり言えば、ジェネラリスト+大規模入院施設ということになります。

さて、このたび私が医業を営む船橋市はベッドタウンです。
東京都心をぐるっと囲むこのベッドタウンでは、どんな医療スタイルが向いているのでしょうか。
超専門医療をやるには対象患者さんが限られるし、完全なジェネラリスト医療は良さをわかってもらうには時間がかかる。
おそらくベッドタウンに向くスタイルは、T字型クリニック、「すべてのことをいくつかずつ、いくつかのことを全て」(⑤)扱うクリニックではないかと考えました。
ある分野の治療に関しては超専門医療機関に負けないくらい知識がありつつ、専門特化しすぎない、そして全ての分野に関して、思い込みや経験だけに頼らずいわゆるガイドライン的なことをスタンダードにやる、というタイプのクリニックが、ベッドタウンには向くのではないか、そう思います。
一部は専門的にやるからこそ他の医療機関に対し個性が出せるし、互いに補い合える。そんなクリニックが、都心を囲むドーナツ状に増えていったら面白いんじゃないかと思いますし、そんなクリニックを目指します。

Yahooでピットで道祖神ーかかりつけ医とは何か

以前かかりつけ医とはなにか、と自問したことがあります。それで出た答えは、「かかりつけ医とは、Yahoo!でピットで道祖神である」。
茶道の裏千家16代家元、千宗室氏は「茶の湯は日本文化のポータルサイトである」とおっしゃっています(⑥)。
茶の湯には掛け軸があり、生け花があり、日本庭園がある。茶の湯とは全ての日本文化につながるポータルサイトであるということだそうです。
かかりつけ医もまた、最新の医療へのポータルサイトでなければなりません。自己流の治療で経験だけに基づく独善的な医療ではなく、常にスタンダードな知識を入れて患者さんに還元し、必要があればもっと高度な医療機関につなぐ。
googleではなくYahoo!としたのは、自分のところでもある程度患者さんのニーズにこたえるべきとの思いからです。

また、ピットはF1のピットのイメージです。
F1ドライバーが定期的にピットに入るのは異常がないかチェックを受けるためです。
定期的にチェックを受けることで大クラッシュを避けることができるわけで、大クラッシュになってはじめてピットに入るドライバーはいません。
ハードな現代生活を生きる現代人にとって、定期的なチェックが受けられ、自分の健康データが蓄積していく場所がかかりつけ医なのです。
後述しますが、大病院はこのピット機能を失いつつあります。外来が混み過ぎて90日分薬を出してくれる病院は増えてますが、その分主治医との接触機会は減るわけで、接触機会が減ればなにかあったときに「いつもと違う」と気づいてもらいづらくなるわけです。

道祖神とは、村=共同体を病気や災厄から守る守り神です。
インフルエンザや肺炎球菌などの予防接種は今では当たり前になりましたが、昔はインフルエンザで沢山の人が死んでいた時代もありましたし、肺炎は今でも主な死因の一つです。
地域住民に予防接種や健康指導をしっかり行うかかりつけ医は、共同体を病気から守る道祖神でもあるのです。

 

(続く)


厚生労働省データ 

平成26年(2014年)医師・歯科医師・薬剤師調査の概況|厚生労働省

堀川病院のあゆみ - 概要 | 社会医療法人 西陣健康会 堀川病院
③大前提として、健康保険制度のもとの医療体制および全国一律の保険点数の場合。
④グレアム・イーストン著『医者は患者をこう診ている』 河出書房新社 2017年 kindle版 4019/7382。グレアム・イーストンはイギリスのGPで、この本はイギリスのGPの普段の診療が垣間見えて興味深い。
⑤J.S.ミル『大学教育について』 岩波文庫 kindle版 271/2573あたりが出どころ。
千宗室『自分を生きてみる』 中央公論新社 2008年 p.23-25。千宗室氏はJ.P.ホーガンもお好きだとか(p.156-158)

 

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

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