船橋市・中條医院を継承いたしました(その2)

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船橋市にある中條医院を引き継いで1週間が経ちました。
今までやったことのないことばかりで冷や汗をかいたりもしていますが、スタッフやまわりのかたがたに助けてもらってなんとかやっております。
楽しく悩みながら前に進む日々です。
というわけで、前回の続きなど。

前回はこちら↓

hirokatz.hateblo.jp


「80歳男性、ヘモグロビン10」を考える

血液検査でヘモグロビン(Hb、血色素)という項目があります。雑に言えばこの数字が低いと貧血で、正常値は男性13.5以上、女性11.3以上(①)。それ以下は「異常値」です。

カギカッコつきの異常値としたのは、高齢になると上記正常値より少し低めの人はゴロゴロいるからです。
で、ゴロゴロいる「異常値」の患者さんをかたっぱしから徹底的に検査したとしても、おそらくほとんどの場合、いわゆる病気は見つからないのではないかと思います。
しかしヘモグロビンが低い貧血の中にはいろんな原因があり得て、中には胃潰瘍などからの出血など緊急検査が必要なものもあります。
緊急対応をしたほうがいい場合と、そうでない場合を簡単に見極めるにはどうするか。一番シンプルなのは、過去との比較。

3か月前も半年前も、1年前も2年前もヘモグロビンの数字が10の人だったらたぶんあわてなくてよい。低め安定の場合ですね。

しかし3か月前はヘモグロビンが15あった人が今回の検査で10だったら、ほぼ確実に体のどこかから出血しているはずです。急激に低下してる場合です。
診察や検査というのは、ピンポイントで異常とも正常とも言い難いことが結構あって、過去の診察記憶やデータと比べないとはっきり言えなかったりするわけです。

ピンポイントで「これは病気だ!」って医者が断言できる場合はそれなりに重症なんですね。

過去との比較と同様に大事なのが、「経過観察」です。

はじめは軽い風邪かなと思っていても、次第に悪化して、後から振り返ると肺炎のなり初めだったなんてことはよくあります。一番最初は症状が軽くてよくわからないんですね。
一番最初は症状が軽くてよくわからないからこそ、医者は「少し様子見ましょう」なんていって数日後にもう一度受診してもらったり、場合によっては経過観察入院を勧めたりするわけです。
これはその医者の診断能力が低いからではなく、病気ってそういうもんで、人体はゼロかイチのデジタル構造ではないから。
その証拠に、今を生きる現役医師の中で世界最高峰の診断能力を持つ医者の一人、ローレンス・ティアニー先生が「経過観察入院」について、米国の現状に憂慮しつつこう書いています。

<米国を代表とするいくつかの国々では、在院日数を短縮する圧力により、入院しながら経過観察することが困難になってきています。経済的には損失かもしれませんが、アジアやヨーロッパのいくつかの施設では、患者は診断がつくまで十分な期間、入院が可能です。これは、複雑な疾患を診断するうえで有利であり、また、教育のよき土壌にもなりえます。>(②)

 

で、一医者として困ったことだと思うのは、たぶん日本もティアニー先生のいう「米国を代表するいくつかの国々」の仲間入りをしつつあるということです。診断がついてない状態で入院をしてもらい、直接的な治療をせずに様子をみることが、医療経済上不可能になっていくはずです。
また、大病院の外来では最近、薬を60日分とか90日分処方してくれるようになったことにお気づきの方もいるはずです。あれはなにも患者さんの便宜のため(だけ)ではなく、要するに毎月外来にきてもらうと病院外来がパンクしてしまうから。

「外来が混み過ぎて大変だから、5年分くらいまとめて薬出せればいいのに」と、とある大学病院の医者がベロベロに酔ったときに言ってました。5年分の薬って(笑)

 

大病院の外来が混み過ぎているため、「落ち着いているからあとは地元の開業医さんに診てもらってください」と言われれ紹介状を渡されたことがある方もいるでしょう。これもまた、安定している患者さんを定期的に診療する人的・時間的余裕が大病院に無くなってきているためでもあります。

 

で、患者さんサイドから考えると、定期的に医療機関で診察・検査などのチェックを受けるってことは非常に大事なはずです。冒頭の「80歳男性、ヘモグロビン10」の例のように、なにか軽い異常があったときにすぐに過去の記録や検査結果と比較して、早めに異常だと気付けるから。

しかし、安定している軽症・慢性期の患者さんをきっちりフォローする受け皿は足りないんですね。
高齢化が進み、病気になる方は増えます。オプシーボに代表されるように医学が進むと高額な薬品や手術も増えます。一方で、労働人口が減るので、健康保険料は伸びない。
これからの日本では、医療ニーズは増え、かかるコストも増えますが、財源は限られる。単純に一人当たり・一件当たりに使える公的なお金は減ります。残りは、自己負担か民間保険。自己負担が払えない人は…。
となると、病気になっても軽い状態のままなんとか安定させる、あるいは病気が悪化し始めたらすぐに気づいて食い止めるべく治療を強化する、というタイプの医療が必要になります。
大病院は中等度から重症の病気の医療や専門的医療、急性期医療に特化する。訪問診療は、長期の寝たきりの方などの慢性期・重症の方をケアする。

今まで大病院の外来が担ってきた慢性期・維持期の軽症の方、「なにかあったら入院できるように定期的に診させてください」と言っていた方がたは、もう大病院では診きれない状態になってきているのが、今です。
で、そこの受け皿になることを意識化・言語化できている医療機関は少ないんですね。
その役割を担おうと思ったのも、中條医院を継承した理由の一つです。

(あと1,2回続く)

 ①検査会社SRLサイトより 

http://test-guide.srl.info/kansai/test/list/20

ローレンス・ティアニー『ティアニー先生の診断入門』医学書院 2008年 p.17

 ティアニー先生の診断能力は超人的で、「68歳男性、腰痛と夜間頻尿、意識障害」という情報だけで「高カルシウム血症」と正しい診断をつけられたほどだとか(同書 p.47)。こういう一発診断をSlam Dunk Diagnosisというんだそうだが、未熟な医者がこのSlam Dunk Diagnosisをマネしようとすると大怪我をすることうけあいなので、ぼくは粛々とやっていきますが。Slam DunkNBAプレーヤーにまかせましょう。

 

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