たかがスピーチ、されどスピーチ。
スピーチを頼まれて気が重くなり、ああでもないこうでもないといろいろ検索したり調べたり、スピーチ前日の深夜になってもなにも決まらないことがある。
しかし良いスピーチのコツはシンプルで、必要なのは3つのI(アイ)だけだ。ほかにはなにも要らない。
3つのIとは、Inclusion(包摂)、Interest(利益)、Inspire(触発)。
以下それぞれについて述べる。
①Inclusion(包摂)
悪いスピーチは「私」で終わるが、良いスピーチは「私たち」で終わる。
演題の上のスピーカーが自分自身、「私」について話し過ぎると多くの場合聴衆はしらけてしまう(例外は②)。
知らず知らずのうちに聴衆を乗せたければ、スピーカーはまず「私」について話をしはじめ、そしていったん主語を「みなさん」に変えてゆき、そして慎重に(気づかれないように)「私たち」に主語をスライドさせることだ。
例えばがん研究に打ち込んだ研究者がスピーチすることを考えてみよう。
スピーチ構成の骨子を抜き出すとこういう構造が想定される。
(「 」内は主語)
「私」は、がん研究一筋に打ち込んできました。
「私」の研究の成果はこれこれです。
↓
「みなさん」の中にもがんがご心配な方もいるでしょう。がんは他人事ではありません。
↓
「私たち」は、研究者や患者という立場を乗り越えねばなりません。「私たち」は力をあわせ、ともにがんを克服しましょう。
もしこのがん研究者が終始「私」を主語にしてスピーチをし続けたなら、間違いなく聴衆は退屈することであろう。
Inclusionスピーチでもっとも有名なのが故ジョン・F・ケネディ大統領である。
ケネディは1963年6月26日、東西に分断された西ベルリンでこう述べた。
「自由主義社会において、最も誇り高き言葉、それは『Ich bin ein Berliner/私はベルリン市民』だ」。
アメリカ大統領のケネディがベルリン市民のわけがない。
しかし聴衆の西ドイツ国民に対し、ケネディはこう伝えたのだ。私の理想はあなたがたの理想であり、共産圏の脅威ととなり合わせのあなたがたの恐怖は私の恐怖だ。ここに存在するのは「私」と「みなさん」ではない、理想と問題意識を共有する「私たち」=「ベルリン市民」だ。そしてこの連帯は、自由主義社会に暮らすすべての市民に広がっていくのである。そう、自由主義に身をささげる者はすべて「Berliner」なのだから。
良いスピーチをしたければ、話の着地点は「私たち」を目指さなければならない。
②Interest(利益)
良いスピーチを準備するには、聴衆にとってのInterestは何かを熟考しなければならない。
聴いてよかったと思わせるには、なんらかのご利益がなければならないのだ。
日本語だとInterestingもfunnyも「面白い」だが、Interestingとfunnyは違う。
良いスピーチはInterestingだがfunnyとは限らない。同じ「面白い話」でも、funnyなだけの話は良いスピーチではない。Interestingでなくfunnyなだけの話は、スピーチではなく漫談である。
漫談は漫談で素晴らしいが、良いスピーチをしたければ聴衆のinterestはなにか常に考えなければならない。スピーカーとして、自分は聴衆に何を与えられるかを考えなければならないのだ。
ここでいうInterestは情報に限らない。もしあなたが超有名人だったらなんの心配もいらない。
超有名人が生で話す場にいた、というご利益を聴衆に差し上げることができるからだ。
もしあなたが超有名人ならば①のInclusionがどうかと主語がどうかとかの話はすっかり忘れていただいてよい。超有名人なら、1時間すべて「私」を主語にしてしゃべり続けても聴衆は喜ぶだろう。問題は、私たちのほとんどが超有名人ではないということなのである(←「私たち」話法)。
③Inspire(触発)
良いスピーチは行動変容を起こす。良いスピーチを聞いた聴衆は、「自分もこうしてみよう」「今日から変わって行こう」「勇気を持って生きよう」と思いながら会場を出る。そこにはなんらかのInspireがある。
聴く前と聴いた後で何も聴衆の心に変化がないのならば、良いスピーチとは言い難い。
しかも行動変容は、order/命令されたものではなく、inspire/触発されたものであるのが望ましい。「自然環境を守ってください」と命令するのは良いスピーチではなく、エピソードや論理・スピーチテクニックを巧みに使って聴衆に「自然環境を守らなきゃ」と思わせる、Inspireするのが良いスピーチである。
上記3つのIを守れば必ず良いスピーチができる。良いスピーチ=Iの3乗(アイキューブ)の式を覚えておけばほかに何もいらない。
さきほどほかに何もいらないと書いたが、実は一つだけ伝え忘れたことがある。
良いスピーチはInteractive(相互作用的)であるということだ。
意識して聴衆に質問し、互いにやりとりをするからこそスピーチは面白い。
ただ用意した原稿を読むだけでは、やはり良いスピーチとは言えないのだ。
良いスピーチはinteractiveだ。だから本当は、良いスピーチ=Iの4乗(アイ・to the fourth power)が正しい。そう、良いスピーチはライブ感があるものだ。
となると、本当は、良いスピーチ=Iの4乗(アイ・to the fourth power)+L(ライブ感)ということになるな。
そういえば良いスピーチには笑いも必要だな。式は、良いスピーチ=Iの4乗(アイ・to the fourth power)+2L(ライブ感とlaugh)に変えることにしよう。これでなんとか恰好がつくぞ。
でも昔から「涙あり笑ありの良いスピーチ」なんて言うから、泣きの要素も必要だな、涙は確かtearsだから(以下略)
付記)元の原稿ではIの4乗を「アイ・スクエア」としてました。本間正人先生よりスクエアドは4乗ではなく2乗で、4乗の英語は「to the fourth power」とご指摘いただきました。本間先生、いつもありがとうございます!
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