無線の線。

「無線の線」という言葉が、美術の世界にはあるという。

〈「引かれた線だけが線ではない。線を引かない線があるのだ。それを究めないと引いた線も線でなくなると小林古径先生がいっておられました(略)」〉(平山郁夫、前田常作『デッサン入門』新潮社一九八五年p.37)

何も無い空白があるのではない、無数の、引かない線があるのだ。それを究めた者が、良い線を引ける、ということなのだろう。

無線の線という言葉は、無音の音である『4分33秒』を思い起こさせる。あれ、大音量で聴くといいよね。

謹厳実直の真面目人間という人がいる。
酒も飲まずハメも外さず、やるべきことをただ淡々とやる。
一昔前はそんな生き方を、「何が楽しいの」と揶揄する風潮があった。
だがたとえば真面目一筋人間は、酒を飲みハメを外すという生き方を選ばず、そうした道を、意識して「歩まぬ道」、言ってみれば無道の道としたのかもしれない。

「自分はこうした生き方はしない」というたくさんの「歩まぬ道」、無道の道を究め、謹厳実直真面目一筋の道を己の道と定めたならば、それは立派なことだ。

言わなくてもいいことを言う人がいる。
「何を言うかは知性、何を言わないかが品性」という。
スピードワゴン小沢一敬氏の言葉だそうだ。
言わなくてもいいことを見極めることで、逆に、言った言葉が重みを増すこともあるだろう。
無言の言、である。

我らがTwitter/X界でも、書かなきゃいいのに、ということを書いてしまう人というのは少なくない。
何をツイート/ポストするか何をツイート/ポストすべきでないかを見極めることで、発されたツイート/ポストが映えてくる。
「無ツイのツイ」「無ポスのポス」、である。

急に話が俗っぽくなったな。
書かなきゃよかった。