ウソと車と医者と時。

「医者の仕事の良いところはね」
ロードスターの助手席で、そのひとは言った。
「ウソをつかなくてよいところ」
そのひとは何歳か年上だったはずだ。

「ほら、営業とかの仕事だと、時には会社の利益のためにお客さんにウソをつかなければならないこともあるでしょ。
働いていくうえで仕方のないことで誰もがみんなそうして生きているのだけれど、医者の仕事にはそれがない。
そりゃ伝え方や言い方に工夫が要る時もあるけれど、医者の仕事では基本的にウソをつかなくていいでしょ?
そしてそれは、とても心に良いの。
だから私は、医者の仕事をしててよかったなと思うの」

あれからずいぶん時が経つが、最近よくその時のことを思い出す。
ライトがパカっと開いたからあれはたぶん1989年式、「ユーノス・ロードスター」と呼ばれていた時の車だろう。
ロードサイドの中古車屋で、試乗させてもらって一目惚れした車だった。
それまで車に興味のなかったぼくが、車を運転することの楽しさ喜びに目覚めた車だ。
ライトグリーンの、美しい車だった。

「医者の仕事はウソをつかなくて良いから」という言葉を、最近しみじみと噛み締める。
生業としてやってきて、気づけば遠くまできた。思えば確かに、ウソをつかずにやってこられたと思う。

大昔は「患者のためにあえて黙っている」みたいなアプローチを、医者が取っていた時代もある。
黒澤明の『生きる』でも、胃がんの主人公は医者には「胃潰瘍ですよ」とウソをつかれる。
だが今は、そういうのは無くなった。
患者さんの体の情報は本人のもの。医者は包み隠さずそれを本人に伝える。
真実を知らせることがたとえ残酷であったとしてもウソはつかない。大原則はそんな方針で、今の医者はやっている。
映画『ディア・ドクター』で鶴瓶の演じる町医者はそこらへんのところがわかっていないようだったが、今思うとあれはあえてのあの脚本であったのか。

原則として、ウソをつくことは心と体によくない。
長年に渡りウソをつくことでじわじわと心と体は蝕まれていく。

だからというわけではないけれど、ぼくはこれからもウソをつかずに生きていくつもりだ。
なにしろウソは体に悪いし、そしてなによりもぼくはウソをつくことを主治医に禁じられているのだ。