求不得苦。

求不得苦(ぐふとっく)、得られないものを求めてしまうことからくる苦しみとはこういうことか。

かつて漫画「カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生」(渋谷直角著 扶桑社 2013年)を読んで、生きるエネルギーを吸い取られつつそんなことを思ったりした。

主人公カーミィはただひたすらに有名になることを願う女性。
「有名になりたい 手段は問わない」とバンド「カーミィ&スモールサークルフレンズ」で歌い、解散して一人で活動し、いったんはJ-popのボサノヴァカバーのCDの中の一曲を担当して有名になることの一歩を踏み出すように見えたが、しかし…、と言う漫画だ。
どんなにもがこうとも彼女の願っている瞬間は訪れず、そこに救いはない。

なにが彼女の罪で、なぜ彼女に救いが与えられないのかずっと考えているが、どうにもこうにもわからない。
得られないものを求めてしまうが故に苦しみは生じる、と仏教は教え、求不得苦と名付けた。

愛する人といつかは別れなければいけない愛別離苦(あいべつりく)、憎む相手と会わなければいけない怨憎会苦(おんぞうえく)などとともに、求不得苦は四苦八苦の一つとされるが、この漫画はその求不得苦を描いた作品なのかもしれない。

「有名になりたい」とただひたすらにもがき苦しむカーミィには、未来永劫奇跡は訪れない。
ジョン・レノンだったらLet It Be、なるようになるさ、と歌うかもしれないし、ボブ・マーリィはEvery thing's gonna be alright、すべてはうまくいくさと言うだろう。
清志郎ならすべてはALRIGHT YA BABYと話してくれるが、孔子様なら人に知られたいなんて願うな、人に知ってもらえるようなことを成し遂げたいと願いなさいなんて叱るんじゃないだろうか。
残念なことにジョンもボブも清志郎も、勿論孔子もこの世にいない。
奇跡を求めて軌跡を追うが、時は流れてすべては鬼籍、というわけで、それじゃまた。

うまくオチなかったし五蘊盛苦を救うown jokeも見つからないまま、時は流れる。
(初出は2015年FB)