時間と意志力。ほかには何もない。
究極的に死守すべきものはその二つだけで、それは何故かというと有限資源だからだ。
1日は24時間で、週に直せば168時間。
それに365日をかけたものが1年の持ち時間で、クックもベゾスもマーも孫さんもそれは同じ。
だがその同じ持ち時間の使い方で、出てくる結果は全く異なる。
上に出した例は経営者だが、アカデミアの人でもポリシーメイキングの人でも時間の重要性は同じだ。自分がコントロール可能な時間をいかに死守するか、他の人にいかに自分の時間を不要に削らせないかということは絶対的に大事なのだ。
松下幸之助翁が残した話の中にこんなものがある。
もしあなたが営業職で、昼時に得意先で「そろそろ昼だし、なにか出前でもとりましょうか。ご馳走しますよ。ゆっくり鰻丼でも食べましょう」と言われたらどうすべきか。
翁は言う。断れ、と。
断って、それでも誘われたらこう言え、と翁は言う。
「では、せっかくだからうどんでもいただきまひょ。あまりゆっくりしてあなたのお仕事の時間を奪ったら申し訳ない。ささっとうどんをお呼ばれして、節約した時間でお仕事して儲けていただいたほうがわたしも営業としてうれしいです」
日本人は他人のお金は盗まないが、他人の時間は平気で盗む。ムダな会議のいかに多いことか、とネットで嘆かれる数十年前に翁が残した話である。
一応言っておくと、なんでもかんでも時間を節約しようと言いたいわけでは全くない。自分がやりたいことやるべきことのために思う存分ふんだんに時間を投入できるよう、そのほかの優先順位の低いことへの時間の無自覚な垂れ流しをやめたい、という話である。
この場合、「自分がやりたいことやるべきこと」が他人にとって無価値でも全然かまわない。チャーチルは超多忙な中、文章書いたり油絵描いたりしている。チャーチルの絵が美術的な価値があるかは知らないが、それでも全然よいのだ。だってチャーチルは絵を描きたかったのだから。
ストレートに書く。他人にあなたの時間と意志力を削らせるな。できるだけ。