クリスマス・ソング考(R改)

山下達郎の名曲「クリスマス・イブ」が世に出て今年で32年だという。
クリスマス定番ソングの座を奪うべく、数多のアーティストがクリスマスソングをミュージックシーンに送り込むが、30年前に作られた曲を越えるものは未だない。

この30数年に音楽はさらにビッグビジネスになり、マーケティング技術を駆使して「売れ線」の曲が工業製品のごとく作り出されている。
32年前に生まれた山下達郎の「クリスマス・イブ」と年々生まれてくるポップソングとの戦いは、見方を変えれば個のクリエイティビティvs,プロフェッショナル集団によるマーケティングの戦いと言える。
毎年この時期は創造性と商業主義のどちらが音楽マーケットをつかむのかという壮大な争いが行われてるともみることができるのである。

ヒット曲というものは果たして狙って作れるものなのか。
先日、作曲家のS氏に聞いてみた。
「人間が発声できる音域というのは決まっていて、しかも日本人が好むメロディラインや曲の展開というものがある。
福岡にはこの世界で有名な先生がいて、その先生は発売前の曲を聞くとたちどころにヒットするかどうかずばりと当てるんだ。
そういう意味ではヒットする曲というのはある程度狙えるようにも思えるんだけど、これがまたそうでもない。
結局、その人が<持ってる>か<持っていないか>って話になってきちゃうんだよね」
そうなると山下達郎が<持ってる>アーティストであり、彼の創造性に全てのクリスマスソングがひれ伏す、ということになるのだろうか。

しかしながら、山下達郎「クリスマス・イブ」が今も優勢なのは単に先行者利益である可能性もある。
クリスマスソングというそれまで邦楽では未開拓だった分野、W・チャン・キムレネ・モボルニュのいうところのブルーオーシャンでいち早く良曲を書いたからこそ定番ソングの位置を確保したのかもしれない。

キムとモボルニュは言う。
シルク・ドゥ・ソレイユが成功したのはなぜか。輝かしい未来を手に入れるためには、競争から抜け出さなくてはいけない、と悟ったからである」(W・チャン・キムレネ・モボルニュ著 「ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する」 ダイヤモンド社 2013年 p.19)。
つまり、クリスマスソングという市場でロングセラーの地位を獲得するためには「クリスマス・イブ」だけでなく、ワム!の「ラスト・クリスマス」やジョン・レノンの「ハッピー・クリスマス(ウォー・イズ・オーバー)」といったキング級名曲の競合相手と競い合わなければならない。
それだけではなく、さらに毎年毎年現れる各アーティストのクリスマスソングと争わなければならないのだ。
競合相手同士で血で血を洗うレッド・オーシャン、クリスマスソング市場で戦うのではなく、競合相手のいないまったく新しい市場、ブルー・オーシャンを開拓することで、新たな定番ソングの地位を築けるに違いない。

では一年の間のどの時期に注目してヒット曲を作るべきか。
クリスマスから少し遅れて年末ソングはどうか。
いや、ダメだ、そこはすでにユニコーンの「雪の降る町」という名曲に取られている。
いっそのこと思い切って1ヶ月ほど後ろにずらしたらどうだろうか。
そう、節分である。

節分ソングというと常識はずれに聞こえるかもしれない。
だが、非常識なところにこそ新たな市場、ブルー・オーシャンがある。
「筆者たちの主張は、できるだけ広大なブルー・オーシャンを手に入れるためには、既存の需要だけに気をとられずに非顧客層にまで視野を広げ、新戦略を練るに当たっては脱セグメンテーションを図るべきだ、というものである。」(上掲書 p.155)

節分ソングという誰も手をつけていないところを切り開いてこそ、山下達郎の「クリスマス・イブ」をはるかに越えることができる。
そうと決まればさっそく作詞に取りかかりたい。
歌い出しはそうだな、ロマンチックに
「豆は夜更け過ぎに 雪へと変わるだろう」
というのはどうだろうか。
(FB2013年12月24日を再掲)

余命宣告としてのM-1グランプリ

5年ぶりのM-1グランプリトレンディエンジェルの優勝で幕を閉じた。恥ずかしながらハゲネタだけの一発ネタ屋だと思っていたのだが、今回見ていて圧倒的に巧いことに気づかされた。己の不明を恥じるばかりである。
久々のM-1で大変楽しいひとときを過ごさせてもらったが、ふとした瞬間に背筋が凍るような凄みを感じることがあった。画面の中には不在の、二人の突き刺すような視線を感じたのである。
いうまでもなく、島田紳助松本人志の二人だ。

M-1の出場要件はコンビ結成10年以内(今年は15年以内)である。よく知られている通り、これは「10年やってM-1の準決勝に出られないのならお笑いで喰っていくことは出来ない。そのままダラダラやっていても本人のためにならないから、やめてしまえ」という島田紳助の思いが込められているという。
4分間で自分たちの笑いが表現できるかと言ってM-1に背を向ける浅草キッドのような例もあるが、普通の芸人ならこれだけのグランプリを意識しないわけがない。「10年以内に出られなければやめちまえ」という裏メッセージを持ったM-1を意識した瞬間から、持ち時間は10年。
エントリーして通らなければ、自分たちの芸人としての余命が一年削られたという残酷な大会がM-1なのだ。

究極のWinner takes all、完全成果主義の競争社会、お笑い界。
部外者である僕らはただただ笑って見ているだけだが、頂点を極めたトレンディエンジェルの陰で、今年は何人の芸人がお笑い余命を絶たれたことか。そしてその数は、トレンディエンジェルがここまで失い続けてきた毛髪の数とどちらが多いかと思うたびに、僕らは光強いほど影も濃いということを思い知るのである。
ぺ。

付記)「M-1勝者に虚偽疑惑!?トレンディエンジェル斎藤に囁かれる『ハゲヅラ』のウワサ。ハゲと見せかけて、実はフサフサ!?」東京スポーツ号外より(嘘)

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