「お年寄りにやさしい社会ってどんなもの?」の思い出~社会サービスは分かち合い(R)

眠れなくなったのでこんな話を。

半日だけ、中学校の教壇に立ったことがある。
「いろいろな社会人から学ぶ」という授業で、KとTとぼくの三人一組でワークショップみたいなことをやった。
テーマは「お年寄りにやさしい社会ってどんなもの?」。

 

『段取り八割』、どんなことでも事前準備をしっかりして、段取りをつけておくかで八割がた成果が決まる、との言葉を胸に、3人で入念な打ち合わせをする。
やっぱり体験型の授業がいいよな、ということで、いろいろ調べて、「簡単にできる高齢者体験」というのをやることにした。
古新聞、倉庫の隅に眠っていたOHPのシート、軍手にガムテープ、それに綿。
そんなものを用意して、いざ中学校へ。

4~5人くらいずつで中学生に班をつくってもらい、用意したブツを配る。
OHPのシートを何枚も重ね合わせてつくった簡易メガネをつけてもらう。
耳には綿をつめる。
右のひじとひざに一日分の古新聞をガムテープで巻きつける。
最後は軍手をはめてもらって完成。
高齢者体験のはじまりである。

重ねたOHPシートのせいで視界はくもり、白内障の人の世界が現れる。
古新聞のせいで肘もひざも思うように曲がらず、いつもなら二段とばし三段とばしの階段も、知らず知らずのうちに手すり頼りだ。
財布からコインを取り出そうにも、軍手のせいで指先の感覚が鈍い。
指先で10円玉と100円玉の区別がつかず、なかなか取り出すことができない。
レジで後ろに並んだ人に文句を言われても、綿のせいでよく聞こえない。

順番にそんな疑似高齢者体験をしていく中学生たちは、きゃあきゃあ騒いでゲーム感覚でとても楽しそうである。
せっかく準備したけど、ちょっと体験しただけじゃあ今どきの中学生は変わらないよな。
そんなことを思いながら担当した男子5人組を見ていた。

最後の一人、ちょっと気弱そうな男の子の番になった。
いじめられっ子、というほどではないけど、押しの弱そうな感じ。
ほかのメンバーは少々エスカレート気味で、「面白いから今までの倍やろうぜ」なんて言って、最後の子にいろいろとくつけている。
OHPシートのメガネを倍、軍手も二枚。
転ぶと危ないからと右側だけだった古新聞も、左右両方の肘とひざに巻いて、ガムテープでぐるぐる巻きに。

注意をしたけど悪ガキたちは聞かず、倍の装備をつけた男の子を連れて階段にむかった。
あわててあとを追って、目にしたものを、たぶんぼくはずっと忘れないと思う。

階段をおそるおそる降りる倍の装備の男の子。
ふざけた調子で「がんばれ~」とはやし立てる悪ガキ4人組。
両脇の悪ガキたちはきゃっきゃと騒いでからかっている。
だが、その悪ガキたちの手は、
一段、また一段と慎重に階段を下りる倍の装備の子の手を、しっかりと握っていた。
たぶん、無意識に。

指導役だったぼくは断じてなにも言っていない。
だが、曲がらないひざで階段を下りるのがどんなに大変か、
見えにくい視界のなかでの段差がどれだけおっかないかを先に体験した悪ガキたちは、本人たちも気づかないうちに、階段を下りにくそうにしている疑似高齢者の男の子に手を差し伸べていたのだ。
教えられたからでもなく、頼まれたからでもなく、ごく自然に。

あの授業の半日から何年も経つ。
今でもよくあの光景を思うのだが、決まってちょっとぐっとくる。

神野直彦著「『わかち合い』の経済学」(岩波新書)によれば、スウェーデン語で社会サービスは「オムソーリ」といい、もともとの意味は「わかち合い」だという。
悲しみを分かち合い、優しさを分かち合うのが社会サービス、「オムソーリ」なのだそうだ。

もしかしたら、「オムソーリ」はそんなに難しい話ではないのかもしれない。
(FB2013年7月28日を再掲)

 

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