3分診療のままでよいとは思わない。それでもなお、できることがある。
患者さんと何度もお会いして、信頼関係ができたかどうかのバロメーターは、薬の飲み忘れ・自己調節について教えていただけるかである。
医者が思っている以上に、患者さんというのは薬の自己調節をしている。
2012年11月にファイザー製薬が発表した調査では、「生活習慣病の薬について、自分の判断で減らしたりやめたりしたことのある患者さんというのは18.3%という(調査対象300名のネット調査。元のURLは
http://www.pfizer.co.jp/pfizer/company/press/2012/2012_11_13.html#q3)。
この調査が偏りのないものだと仮定すると、「お薬きちんと飲めてますか」と医者が聞いたときに、「実はあの薬飲んでないんです」と答える患者さんが5人に1人はいないといけないはずだ(正確に言えば「いつも自己判断で減らしている」わけではないが)。
しかし実際には、「もちろんちゃんと飲んでます」と答える患者さんが大半だろう。
薬をきちんと決められたとおりに飲まないことも医者としては困るが、実はもっと困るのがきちんと飲んでいないと伝えてもらえないことだ。
たとえば血圧を例にとると、しっかり薬を内服しているはずなのに血圧が下がらないとするとなにか大事な要素を見落としているのではないかと不安になる。この患者さんは薬の効かない特殊体質なのではないかとか、自分の知らない稀な病気ではないかと医者の心はかき乱される。
でも自己調節で薬を飲んでいなかったのだとフィードバックしてくれれば、理解も対処もしやすくなるのだ。
その結果無意味な処方変更や処方追加もなくなるし、飲んでないならないで、「あの薬、飲んでないんです」とストレートに伝えたほうが話が早い。黙っていたら、飲みもしない薬のために薬代を払う破目になってもったいない。
自己調節で薬を飲んでいない、と言いにくい理由は火を見るより明らかだ。医者が怒るから。
薬を飲まないと病気のコントロールができないのに勝手にやめたらいけない。患者のためを思って怒るのだろう。しかしその怒りの感情の中には、自分の見立てや治療方針にケチをつけられたような気にもなるからムッとするという要素も混じっているだろう。
正確な診断・正確な治療には正確な情報が必要だ。そのためにはありのままの内服状況を患者さんに提供してもらわなければならない。医者は、「勝手に自己調節するなんて!」と湧き上がる腹立ちをぐっと我慢して、ほんとだったら「なんで飲んでないの!言われた通りに薬飲まなきゃダメだ!」と怒りたいところを抑えるべきだろう。演技でもいいから「よく教えてくれました。それで血圧が下がらない理由がわかりました」と言える医者が増えれば、もっともっと患者さんと医療者の関係というのは風通しがよくなる。
「医者に怒られるから自己調節しているけど言わない」という患者さんは多い。医者側は、そこをきっちり教えてもらえるような関係性を作らないといけない。
そうでないと、血をかたまりにくくする抗血小板薬を「飲むと具合が悪くなる」と言って自己調整して飲まないでおいて、抗血小板薬の副作用の胃炎を予防するための胃薬だけ決められた通りに飲んでいるというわけのわからない状態の患者さんは減らない。副作用をおさえるための薬だけ飲んで、いちばん大事な薬は飲まないでいるなんて患者さんは、世にごまんといる。
「先生の出したあの薬、飲んでいないんです」と言われると、正直がっかりはする。患者さんのためを思ってしたのに裏切られた気もするし、なんとなく自分のメンツをつぶされたように思い、ついプライドを守るために怒ってしまうのだと思う。
しかしそこでぐっと我慢して、「よくぞ教えてくれました。これからも、実際にどんなふうに薬を飲んでいるかありのままを教えてください」と笑顔で言わなければならない。
どんなときだって、医者が守るべきものは自分のメンツやプライドではない。いつだって医者が守るべきは、患者さんの命と健康なのだから。
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