職業人が持つ心の地雷~「神経のせい」「血液どろどろ」とマインスイーパー(R)

職業人はみな誰も、心に地雷を抱えている。
脳や神経細胞の病気の診療をしているぼくの地雷ワードは、「神経のせい」という言葉だ。

「神経のせい」や「自律神経失調症」という言葉は、しっかりした診断が下せないが自覚症状があるときに、医者が苦し紛れにつける病名で、できるだけ正確な診断をつけて適切な治療を行いたい者にとっては安易に口に出したくないものなのだ。
ほかの病気は考えにくく、苦し紛れになんでもかんでもひとまとめにしてつけられるこういった“病名”を、「ゴミ箱診断」という。

 

診察のとき、漠然としたしびれやほてり感、はっきりとした病気ではないけれど不調を訴える患者さんがぽろっと「やっぱり先生、神経のせいかねえ」と言ったとたん、ぼくの心はおおいに乱れる。
顔には出さず、おだやかに「そうですねえ」といったんは相手に相づちを打つものの、おそらく顔はひきつっているはずだ。

 

表面上はおだやかに診療を続けているわけだが、心の中では
「神経のせい神経のせいとおっしゃいますが、中枢神経ですか末梢神経ですか、末梢神経にもいろいろあって、運動ニューロンですか感覚ニューロンですか。そこんところはっきりしてもらわないとこっちも困るんだよねえ」と小一時間問いつめたくなる気持ちがわきあがっているのだ。
実際に小一時間問い詰めていると社会不適合者になってしまうので、今日もまた心の地雷処理班を出動させて、人知れず地雷処理をしているのである。

時間と能力の多くを費やしている自分の専門分野というのは誰しもこだわりも強く、それだけに他者に軽々しく決めつけてほしくないという心理が働くのだろう。

 

おそらくそれはほかの専門分野のドクターも一緒で、病院の中ではみな、
「血液どろどろ血液どろどろとおっしゃいますが、血漿成分ですか血球成分ですか。血球成分にもいろいろあって、白血球ですかか赤血球ですか。そこんところはっきりしてもらわないとこっちも困るんだよねえ」とか
「心臓が悪い心臓が悪いとおっしゃいますが、左心室ですか冠動脈ですか。冠動脈にもいろいろあって、前下降枝ですか回旋枝ですか。そこんところはっきりしてもらわないとこっちも困るんだよねえ」とか
バイキンバイキンとおっしゃいますが、ウイルスですか細菌ですか。細菌にもいろいろあって(略)」などという地雷な気持ちを抱えながら働いているのであろう。

 

なにも話は病院の中にとどまらないで、今日もみな
「こだわりラーメンこだわりラーメンとおっしゃいますが、麺ですかスープですか。スープにもいろいろあって、豚骨ですか魚介ですか。そこんところはっきりしてもらわないとこっちも困るんだよねえ」とか、
「役人が悪い役人が悪いとおっしゃいますが、地方ですか中央ですか。中央官庁にもいろいろあって、Ⅰ種ですかⅡ種ですか。そこんところはっきりしてもらわないとこっちも困るんだよねえ」とか、
「政治家がダメ政治家がダメとおっしゃいますが、野党ですか与党ですか。与党にもいろいろあって、○○派ですか××派ですか。そこんところはっきりしてもらわないとこっちも困るんだよねえ」という思いを抱えながら生きているわけである。

うかつに他人がその地雷を踏むと時に大変な大爆発が起こるので、
社会で生きていくということはマイン・スイーパーみたいなものである。
ちゅどーん
(FB2013年7月26日を再掲)

 

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