救急車有料化について一人の医者が考える(R改)

救急車の出動件数が増え続けていることを背景に、救急車有料化の議論が医療機関以外でも広まってきた。ごく一部の心ない市民がタクシー代わりに救急車を利用しているため、医療機関内では昔から救急車有料化すべきだという感情が多数派を占めるように思う。

 

救急車が一回出動すると自治体にもよるが約4-5万円かかると言われている。

(一次資料探し中)

他国を見ると、例えばシンガポールでは1回3万円取られる。ただ、本当に緊急を要する状況だったと確認されればあとで返金されるという(Nさん、ご教示ありがとうございます)。

 

夜間救急外来に従事していたころは、いろんな人を見た。

どんな状態の人が来るかと救急室で待ち構えていると、なかには救急車からさわやか且つさっそうと自分の足で降りてくる「患者さん」もいたりする。なにも救急車呼ばなくても自分で来られるじゃないかと思ったりもした。

ある自治体では、一年間に100回以上救急車で来院した患者さんもいたそうで、年間100回以上救急車で来院したということは、100回とも入院が不要で帰宅できたということになる。要するに、軽症でもしょちゅう救急車を呼ぶ人だったわけだ。

実は、東京都の救急車の出動の半分は軽症の人のために行われている。

東京消防庁<安全・安心><救急アドバイス><救急車の適正利用にご協力を!><救急車の適正利用のお願い!!>

タクシー代わりに救急車を呼ぶ人はそれなりにいて、そういう人たちを見ていると、ぼくも昔は単純に、500円から1000円くらいの少額負担はアリかなと考えていた。

(ちなみに有料化によって救急車の過剰利用に制限がかかりはじめるのは2万円くらいからという分析があったはず。これも資料探します)

 

さて、つらつらとこの問題を考えているうちに、2つはっきりと知りたい点が出てきた。
まず、いわゆる受益者負担の理屈が有効なのはどこまでかということ。
救急車を社会的インフラととらえた場合、社会的インフラ利用に受益者負担をもとめるならば、警察や消防、極端に言えば自衛隊はどうするのか。

 

泥棒に入られて捜査してもらうのに経費の一部負担を求められたら大変だ。
消防車出動に、料金に応じて松竹梅とかあったらやだなあ。早めの到着はレア、遅めの到着はウェルダンとかね。
他国が攻めてきて自衛隊の出動を要請したら、「料金かかりますけれどいいですか?」「トッピングで地雷はお付けしますか?」とか聞かれたりして。「プレミアム会員だともれなく米軍も派遣します」とか。

 

真面目な話、警察や消防、自衛隊の場合には受益者は直接の利用者だけでなく地域や社会、国全体というロジックなのだろう。救急車の場合の有料化とはまた別物ということになるのだろうか。

 

もう1つ知りたいのは救急車有料化による利用者の規範と行動の変容である。
マイケル・サンデルがこんなことを書いている。

 

<(イスラエルの)それらの保育所はよくある問題に直面していた。ときどき、親が子供を迎えにくるのが遅くなるのだ。親が遅れてやってくるまで、保育士の一人が子供と一緒に居残らなければならなかった。この問題を解決するため、保育所は迎えが遅れた場合に罰金をとることにした。すると、何が起きたと思うだろうか。予想に反して、親が迎えに遅れるケースが増えてしまったのである。
(略)お金を払わせることにしたせいで、規範が変わってしまったのだ。以前であれば、遅刻する親は後ろめたさを感じていた。保育士に迷惑をかけているからだ。いまでは迎えに遅れるあいだ子供を預かってもらうことを、自分が支払い意志を持つサービスだと考えていた。罰金をまるで料金のように扱っていたのだ。保育士の善意に甘えてあるのではなく、お金を払って勤務時間を延ばしてもらっているだけなのである。>(『それをお金で買いますか』早川書房p98-99)

 

救急車有料化によって、「お金を払ってるんだからタクシー代わりに使って当然」という人が増えることは十分あり得るように思われるがいかがなものだろうか。

 

付記)

救急車の適正利用のために、有料化以外にも出来ることはまだある。
電話での救急医療相談もその一つだ。現在、札幌市、東京都、横浜市大阪市奈良県、福岡県では「#7119」に電話をかけると救急車を呼ぶべきかどうか、近くに時間外で利用できる病院があるかなどの相談に乗ってくれる。
ほかの地域にも救急医療相談や医療機関案内の電話サービスがある。

hirokatz.hateblo.jp


早いところ全国共通で「#7119」の電話救急医療相談サービスが使えるようになることを切に祈る。

(FB2015年8月19日を加筆再掲)

 

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