「うちの小児科がいつも行列ができる秘訣だって?仕方がない、特別に教えてやろう。
子どもを診察するときにこう話しかけるのがコツだ。『ボク、大きいね~、いくつ?』ってね。
だいたい半分くらいの患者さんで使える方法だよ」
先輩の小児科医が言った。
それだけで行列ができるくらい大繁盛するんですか、ほんとかなあ。
クリニック大繁盛の秘密を明かそうと意気込んでいたぼくは、なんだか拍子抜けしてしまった。
会計士の田中靖浩氏の新刊『値決めの心理作戦 儲かる一言 損する一言』(日本経済新聞出版社 2017年)の冒頭には、別の小児科医の行列の秘密が書かれている。
<ふつうの小児科医はまず病状を聞いて熱を測り、そのあとすぐに注射や投薬といった治療に入ります。
しかし、その「行列のできる小児科医」はちがいました。
お母さんから子どもの病状を「ふむふむ」と聞いた上で、
「大丈夫、すぐ治ります。お母さんが早く連れてきたおかげですよ」
と、「母親の気持ちに寄り添う一言」をかけるのです。
わが子を心配する母親に向け、その不安を取り除いた上で「あなたのおかげですよ」と意表を突くねぎらいの一言。
この予期せぬ言葉に、母親は心をわしづかみにされてしまうのでありました。>(上掲書 kindle版 10/1437)
この『儲かる一言 損する一言』では、さまざまなビジネスシーンで差がでる「たった一言」をまとめていて面白い。
講演するためにスーツを新調しにいった著者に「講演会にはどんなお客さまがいらっしゃるのですか?」と質問することで高級スーツを購入するよう誘導した例(カラクリはkindle版 630/1437)、ふつうはメニューに「気まぐれ野菜を添えて」と書くところを「名もなき野菜を添えて」と書いてお客の興味を惹いた例(1255/1437)などなど、「たった一言」でぐぐっと「儲け」を引き寄せた事例が満載である。
中でもぼくのお気に入りはタコス屋さんの話だ。
アメリカにいまいち繁盛していないタコス屋さんがあった。運転資金も使い果たし、今にもつぶれる寸前のそのタコス屋に、さらなる悲劇が襲った。強盗に入られたのである。
深夜3時、タコス屋に乗りつけた怪しい男たち。
入口のガラス戸を割り、店内に侵入。キッチンを荒らし、倉庫をひっかきまわし、さんざん店内を探し回ってもお目当てのものは見つからない。最後にレジスターを奪って男たちは逃走した。
店主にとってふんだりけったりとはこのことだが、彼は「たった一言」で運命を大逆転させたのだった。
防犯カメラに映った強盗たちのご乱行をCMに仕立て、「たった一言」、こう添えてテレビ放映したのだ。
「Guy wants a taco/ヤツらはタコスが欲しがった」(上掲書 699/1437)
そのCMがこちら。
このCMを見てお客は殺到。つぶれかけたタコス屋にとって、「Guy wants a taco」は、まさに大繁盛のキラーワードとなった。
さて、『儲かる一言 損する一言』に出てくる小児科医の話に戻る。
病院というのは時に不親切なもので、軽症の子どもを連れていけば「こんなに軽いのに病院に連れてきちゃダメじゃないか」と怒られたり、重症の子どもで連れていけば「こんなに重くなってから病院に連れてきちゃダメじゃないか」と怒られたりする。どうせいというのだ。
そんなときに「大丈夫、すぐ治ります。お母さんが早く連れてきたおかげですよ」なんて声をかけられたら、すべての母親はその小児科医のファンになるだろう。
ぼくの先輩の小児科医もまた、「たった一言」を有効に使ってファンを増やしているドクターだ。
その秘密の「たった一言」が冒頭の「ボク、大きいね~」だが、もう少し詳しく聞いてみた。
「いいか、タイミングが大事なんだ。
赤ちゃん連れのお母さんが診察室に入ってくる。
いろいろと病状を聞く。
熱を測ったり胸の音を聞いたりして、軽症そうなときがいいな。
それからベッドを指さして『じゃあもうちょっと診察させてね。ポンポンみるんでそこに横になってね』と言って赤ちゃんをベッドに寝かせる。
『ポンポンみるからごめんね~』と言って赤ちゃんのオムツを外したら、そのタイミングだ。
『うわあボク、ずいぶん大きいね~!1歳半なのにずいぶん立派だね~!!』
男の子にしか使えない手だが、お母さんたちはみんな胸を張って帰っていくよ」
どうして男の子にしか使えない手なのか、なんでわざわざオムツを外したタイミングなのか、なにがどう立派なのかは専門外のぼくにはまったくナゾだが、たぶん小児科医には小児科医にしかわからない事情があるのだと思う。