「別のクリニックで検査を受けて脳腫瘍の疑いがあると言われて気になってるんですが…」。
ある日、顔なじみの患者さんが唐突にそう切り出した。
「髪の毛の先を特殊な方法で分析して、脳腫瘍やうつ病、肝臓病や白血病なんかがないか全身の病気が全部わかるんだそうです」。
髪の毛の先だけで全身の病気がわかる???な…なんだってェー!!
興奮する脳内キバヤシ(MMR:マガジンミステリー調査班所属)をなだめながら話を聞く。
ぼくの外来に通いつつも、なんとかして薬をやめられないか悩んでいた彼女は、ネットで検索してN(特に名を秘す。Nは自然を意味する英語で、先ごろニュースをにぎわした予備校の本部がある街に存在する)というクリニックにたどりついた。
Nでは髪の毛の先や爪を<独自の方法>(出た!)で分析して、全身の病気をなんでも見つけてしまうらしい。
N独自の髪の毛の検査の結果、脳腫瘍があるかもしれないと言われたと彼女は言う。
ご丁寧に「MRIにうつらないすごく小さな脳腫瘍かもしれない」とまで言われたんだとか。
「先生、どう思われますか」。
患者さんから聞かれて、非科学的な話が大変苦手(婉曲表現)なぼくは、怒りに全身の血液が逆流するのを感じながら(非科学的表現)、思わずこう言ってしまった。
「個人的な考えですが、20000%ありえません」。
ぼくの脳内には、キバヤシだけでなく橋下大阪市長まで住んでいるようだ。
今の科学が万能だとはいうつもりは毛頭ないが、頭の毛を分析してなんでもわかるというのは大変にうさんくさい。
髪の毛に体調がある程度反映することはあるだろうし、なにか違法な薬物を使用していたりすれば髪の毛でわかるのは事実だ。
しかし脳腫瘍から白血病、うつ病に骨粗鬆症までなんでも髪の毛でわかるなんてのは、もし本当ならノーベル賞級の発見で、そんな検査法があったらとっくの昔に世界中の病院でやっているはずだ。
世の中には次から次へとそうしたインチキ医学、インチキ科学が出現し、人の心を惑わしていく。
こうしたインチキ医学者やインチキ科学者にはたいていの場合5つの共通点がある。
< (1)彼は自分を天才と考える。
(2)彼は自分の仲間たちを、例外なしに無学な愚か者とみなす。彼以外の人はすべてピント外れである。自分の敵をまぬけ、不正直、あるいはほかのいやしい動機をもっていると非難し、侮辱する。もしも敵が彼を無視するなら、それは彼の議論に反論できないからだと思う。もしも敵が同じように悪口で仕返しするなら、自分がならず者たちとたたかっているのだという妄想を強める。
(略)
(3)彼は自分が不当に迫害され、差別待遇を受けていると信じる。公認の学会は彼に講演させることを拒む。雑誌は彼の論文を拒否し、彼の本を無視するか、「敵」にわたしてひどい書評を書かせる。(略)。こういう妨害の原因が、彼の仕事がまちがっていることにあるとは、奇人にはまったく思い浮かばない。それはひとえに、確立されたヒエラルキー―自分たちの正統思想がひっくり返されることを恐れる科学の高僧たち―の側の盲目的な偏見から生じていると彼は確信する。
(略)
(4)彼は最も偉大な科学者や最もよく確立された理論に攻撃を集中する強い衝動を持っている。(略)
(略)
(5)彼はしばしば複雑な特殊用語を使って書く傾向がある。多くの場合それらの術語や句は彼が自分で作り出したものである。(略)>
(マーティン・ガードナー著『奇妙な論理Ⅰ だまされやすさの研究』ハヤカワ文庫 2003年 p.31-35。原著は1953年発行とのこと)。
そんなインチキ科学者の特徴を念頭にNクリニックのホームページやweb上の情報を見てみると、見事にあてはまる。
Nに限らず、こうしたあやしい話はあとを絶たない。
患者さんから相談されるたびに、絶対やめておいたほうがいいですというのだが、手遅れの場合もある。
何十万円もする「電気がピカピカして、電流と磁気の力で体を健康にしてくれる機械」を買ってしまった人もいたし、あやしげな健康食品が大好きな人もたくさんいる。
はたから見ていると何故そんなものに手を出すのかと思うけれど、問題の根は深い。
サイモン・シンとエツァート・エルンストは、代替医療が無批判なまま広がっていくことに警鐘を鳴らしながらもこう述べる。
<世界中のどこで行われた調査でも、代替医療を使うきっかけの少なくとも一部は、通常医療への失望であることが示されている。医師たちは、診断を下し、適切な治療をするという点では立派な仕事をしているのだろうが、「良い医師」であるための条件として、診断や治療の的確さと同じぐらい重要な資質が欠けていると感じている患者は多い。調査によると、患者は、医師は自分のためにろくに時間を割いてくれず、思いやりも共感もないと感じている。それに対して、代替医療を受けている患者は、自分のために時間をかけ、理解と共感を示してくれることをセラピストに求め、セラピストはおおむねそれに応えていることがわかる。(略)
主流の医療に対するメッセージは明らかだろう。医師たちは、患者とのあいだにより良い関係を築くために、一人ひとりの患者にもって時間をかけなければならない。国によっては、平均の診療時間はわずかに七分というところもある。一番時間をかけている国でも、平均十五分を確保することさえままならないありさまだ。もちろん、診療時間を増やすという課題は、言うは易く、行うは難い。代替医療のセラピストたちは、ひとりの患者に三十分もかける。なにしろその時間に対し、たいていは高額の料金を請求するのだから。(略)>(サイモン・シン、エツァート・エルンスト著『代替医療のトリック』新潮社 2010年 p.349-350)
さて、そうしたあやしげな偽医療行為を行うクリニックやインチキな医者(医師免許があってもいい加減なことをやっている人はいる)から身を守るにはどうしたらよいだろうか。
こうした議論でよく出てくるのは「学校教育で健康や医療について教える」という結論だが、ぼく個人としてはそこに期待するものは少ない。
やってもいいけど、むかし学校で教わったことって全部覚えてますか?
もっと手軽で有効な自衛手段としては、シンプルではあるけれど「検索」だろう。
「○○クリニック 評判」でググればいい話も悪い話もたくさんでてくる。
もうちょっと気合いを入れて調べるなら、google scholar(googleのサービスの「もっと見る」の中にある、学術論文検索ツール)やPubMedで、調べたいあやしい医学者の名前を英語で入れて調べる方法もある。
もしその医学者がほんものなら、学術論文の十や二十は書いて発表しているはずだ。
できればgoogle scholarで表示される<引用元>の数もチェックしたほうがいい。
これはグルメサイトの「プロのシェフが参考にするレストラン」みたいなものだと思えばよい。
参考にされる回数が多いほど、プロ同士の中で認められていることになる。
独りよがりの論文は誰も引用していないが(テレビに出ている自称脳科学者M氏など)、ほんとに「世紀の大発見」なら、世界中の科学者・医学者がこぞってその論文を引用しているはずだ。
特にオチもないけど、このテーマについては何度も書いてみたいと思う。
ではまた。
(FB2014年10月12日を再掲)