「後医は名医」を破るとき。

医者の世界では昔から「後医は名医」と言う。
後医、あとから診る医者は、病気の経過も分かっているし、前の医者が行った治療の効果がどうだったかなどの情報も多いので、前に診た医者の見立てや治療を軽々しく批難しないほうがよいという戒めだ。これは医者同士のかばいあいではなく、医療は不確定な中を手探りで進んでいく術であるからだ。
ウィリアム・オスラー曰く、「Medicine is a science of uncertainty and an art of probability./医学は不確実性の科学であり、確率のアートである」。
 
だから軽々に前医の批判をしない、少なくとも患者さんの前で前医の批判をしないというのが、医者の自戒としてある。
だが例外もある。明らかに前医が間違っている場合だ。
 
たとえば、髪の毛一本でがんやうつの診断がつくという”自然派”クリニックの医者、脳のMRI撮った患者に「海馬が萎縮してるからアンタ認知症になる」と脅かす”革命”的な医者、「私は薬はあまり使わないんです」と言って何万円もするサプリを売りつける医者、山ほど薬を処方して副作用出しまくる医者。
残念ながらそうした医者は実在する。
それからがんも放置、患者も放置の医者も。
 
そうした医者は「教祖力」が強く、患者を不安に陥れ「洗脳」する。
 
後医として、その「洗脳」を解く必要がある場合、「後医は名医」という自戒を破り、「その医者はヤブ医者だから信じないほうがいいですよ」とあえて強い言葉を使わざるを得ない。強い「洗脳」を説くには、強い言葉が必要になるのだ。
 
だがそうした行為には恐怖が伴う。
ぼくらの世代の医者は、反パターナリズムの医学教育を受けていて、強い言葉で患者さんを恣意的に誘導することは望ましくないと育てられたのだ。
だから、「その医者はヤブ医者だから信じないほうがいい」みたいな強い言葉を使うのは内心、大きな抵抗がある。
まるで闇から誰かを引き剥がすために自分も闇の力を使うみたいな話で、いつしか自分も闇に飲み込まれるのではないかと恐怖感が襲ってくるのだ。
 
やれやれ。

 

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