のどが痛いから抗生物質を出してくださいと言う患者にイギリス人医師はどう対応するか。

<「喉がひどく痛いんです。なのに、なにひとつ効かなくて、悪くなるいっぽうなんです。ですからもっと強いお薬を処方してくだされば、それでいいんです」>
<「なるほど、"もっと強いお薬”をお望みなんですね。なにか具体的に考えているものがおありですか?」

「ええ、ぜひ、抗生物質をお願いします。いまとまったく同じ症状が以前にもでたことがあって、そのときは強い抗生物質を飲んで、ようやくやっつけることができたので」>(『医者は患者をこう診ている』河出書房新社2017年 第3章より抜粋)

 

冬になって風邪やインフルエンザが流行り始めると、医者たちは少々身構える。「風邪をひいたから抗生物質をください」という患者さんに、どう対応しようかと考える時期になるからだ。

一般的に、風邪のほとんどはウイルスによって引き起こされる。

日本呼吸器学会によれば、鼻水やくしゃみなどの症状を出す「かぜ症候群」の80~90%はライノウイルスやコロナウイルス(今話題になっている新型じゃない種類)が原因となる。

https://www.jrs.or.jp/modules/citizen/index.php?content_id=2

抗生物質はウイルスよりもずっと大きな微生物である細菌に対する薬なので、ウイルスが原因の病気では、抗生物質は効かない。

不要な抗生物質をばんばん使っていると、耐性菌といって細菌の突然変異を生み出してしまう危険があるので、医者は抗生物質の使用に慎重になる。

 

だが患者さんのなかには、「抗生物質を処方してくれないと治らない!」と強く主張するかたがいる。そうした場合にどう対応しようか、医者はいつも頭を悩ませ、「抗生物質を出してくれ!」「いや出せない!」という押し問答が全国各地の診察室で繰り広げられる。

 

「抗生物質を出してくれ!」「いや出せない!」という医者と患者の押し問答は、なにも日本だけの問題ではない。

冒頭引用文は、イギリス人総合医(GP=General Practitioner)であるグレアム・イーストンの著書からとった。要は、「抗生物質出して!」という患者さんはイギリスにもいるし、その対応に頭を悩ませるのは日本の医者だけではないということだ。

 

グレアム・イーストンの例は風邪ではなく喉の痛みだ。イーストン先生はこの喉の痛みを、抗生物質の効く細菌のせいではなく、抗生物質の効かないウイルスによるものと考えた。なぜか。

判断材料は、<センター・スコア>というものである。

 

<<センター・スコア>は、喉頭炎がウイルスなどほかの原因ではなく、溶血性レンサ球菌によるものかどうかを判断するために開発された。そこには四つの基準がある。扁桃腺に白いぶつぶつなど滲出物がある、首の前方のリンパ節の腫れと圧痛(触診すると痛がる)、発熱、咳がでない、だ。リンパ節の腫れと発熱はたいてい身体が感染症と闘っていることを意味するし、そこに咳が伴なえば喉の痛みがウイルスによって引き起こされている確率が非常に高くなる(ウイルスは身体のひとつの部位だけを攻撃することはめったにないー爆弾にたとえるとするならば、ウイルスはレーザー・ミサイル攻撃ではなく、無差別爆撃のようなものだ)。(略)この<センター・スコア>を参照したところ、基準の三つ。あるいは四つすべてに当てはまる症状があれば、喉の痛みを引き起こす細菌(A群β溶血性レンサ球菌)による感染症に罹患している確率が高い(四〇~六〇%)。この基準のひとつか二つしか当てはまらないのなら、この細菌がいない確率が八〇%となるため、抗生物質を服用しても効果がない確率が高くなる。>(上掲書 第3章)

この患者さんのセンター・スコアは2だった。

 

さて、日本では医者が「この症状なら抗生物質は要りませんよ」といったところで、患者さんが納得するとは限らない。イギリスではどうか。

 

イースタン先生は書く。

<先日、「ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・ジェネラル・プラクティス」で発表された興味深い研究によれば、GPの診察で処方される抗生物質の量が少ないと、患者さんの満足度は低くなるという。>
マンマ・ミーア。

 

案の定、われらがイースタン先生の患者さんも、強硬に抗生物質を処方してくれと主張した。

果たしてイギリス人医師はどう対応したか。

 

<「申しあげたように、今回は抗生物質が必要だとは思いません。ご自分の力で撃退できるはずです。それに、抗生物質で回復が早まるとも思えません。(略)とはいえ、この件で、口論したくはありません。いかがでしょう、なにがなんでも抗生物質が必要とおっしゃるのであれば、処方いたします。ただし四八時間たっても症状にまったく改善が見られない場合にのみ、処方箋を薬局にもっていくという条件をつけさせていただきたいのですが」>(下線は筆者)

 

もちろんこのイギリス人患者さんが、イースタン先生の言いつけを守らず、すぐに薬局に行く可能性はある。だが先生いわく、調査によればそうした行動をとる患者さんは四割未満だとか。

 

医者と患者さんの思惑は時としてすれ違う。

だがそれを調整し、プロの医療者としての考えと患者さんの望みをできるだけ両立しようというのがイギリス人医師の流儀なのだろう。さすがイギリス人、スコーンとフィッシュ&チップス喰ってるだけあるなあ。

 

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

  • 作者:髙橋 宏和
  • 出版社/メーカー: 世界文化社
  • 発売日: 2015/11/06
  • メディア: 単行本