我らが社会と陰と陽。

「俺らの世代は撤退戦。前の世代が広げ過ぎたものをうまく畳んで、次の世代に手渡すのが俺らの世代の仕事じゃないかな」
今から10数年前、友人Oがしきりにそんなことを言っていた。
当時は、そうは言ってもなにかやりようがあるのではと反論したりもしていたが、やはりOの言葉は真実ではないかと思うようになってきた。
言うまでもなく、少子化がすべてに影響している。
 
だが、畳むにしてもうまい畳み方とそうでない畳み方がある。
四書五経の一つ『易経』に、陰と陽の考え方がある。
安岡正篤氏によれば、陰とは収束、集中する力、陽とは発展、拡大する力だという。
 
植物をイメージして欲しい。
種から芽が出て、茎が出る。茎はやがて根を伸ばして幹となる。幹からは枝がにょきにょきと伸びて葉を茂らせ、花を咲かす。この、幹から枝を伸ばして葉を茂らせる力が陽である。
逆に、繁茂しすぎた枝葉を落とし、幹へと根へとエネルギーを集中させてゆく力が陰である。
 
陰と陽はともに重要であり、陰の方向性のエネルギーと陽の方向性のエネルギーを止揚し中することこそが重要だと『易経』は教えている(と安岡氏は説いている)。
 
冒頭の話に当てはめると、我らの世代の撤退戦は単なるダウンサイジングであってはならない。それは単なる衰退である。
そうではなく、繁茂し過ぎた枝葉を剪定し、幹や根、まさにものごとの根幹にエネルギーを集中するということだろう。
そのためには、何がこの社会の根幹であるか、どの枝葉を残すべきかをよくよく見極めなければならない。
次なる陽のために、次なる世代の種を残すために。