3分診療のままでよいとは思わない。それでもなお、できることがある。
「予防は治療に勝る」と言ったのは長野県佐久市で農村医療を確立した若月俊一先生だが、これは永遠の真理だ。病気になってからどんなにがんばって治療しても、予防には絶対にかなわない。
風邪やインフルエンザが流行る時期で、街を歩けばマスクをしている人ばかり。
ウイルスはものすごく小さいからマスクなんかすり抜けてしまう、予防効果はそんなにないんだよという説もあるが、もちろんそんなことはない。
1437人の若者を対象にした調査では、マスク・手の消毒を習慣的にしているグループは、そうでないグループに比べてインフルエンザなどの病気にかかる割合が35~51%減少した(Aiello AE et al. J Infect Dis 2010)。この調査では若者をマスク・手の消毒をするグループ、マスクのみするグループ、両方ともしないグループに分けて比較した。
ほかにも同様の研究はあって、マスク・手の消毒は予防に効果があると証明されているわけだ。
さて、ここから話は脱線していく。
それにしても21世紀になってもこういう研究が成り立つというのは別の角度から興味深い。なにしろ手の消毒が病気を防ぐというのは今から170年も昔の1847年に、ウィーン第1病院の医師ゼンメルワイスが提唱していることなのだ。
そのころ、ウィーン第1病院では出産後の妊婦が産褥(さんじょく)熱で亡くなることがとても多かった。不思議なことに、死亡率はウィーン第2病院の数倍から十倍。
二つの病院の違いといったら、第1病院は医学生の教育に利用されているが、第2病院は助産婦教育に利用されているということくらい。
ゼンメルワイスはその謎を解明すべく観察に観察を重ね、医学生たちが頻繁に死体を解剖してそのまま第1病院の実習に訪れていることに思い至った。死体の解剖で汚染された手指のまま、妊婦に触っていたのである(21世紀から見ると正気の沙汰ではないが、医学の常識は時代によってかわる一例だ)。
<ゼンメルワイスは即座に行動をおこし、すべての医師は産婦に接する前に、手を塩素水で消毒すべきことを主張した。すぐに死亡率は激減した。>(梶田昭『医学の歴史』講談社学術文庫2003年 p.258)
この顛末は蛇蔵『決してマネしないでください。』(講談社)というサイエンス解説漫画の第2話『人類はなぜご飯を食べる前に手を洗うのか?』にも載っているので、そちらもおすすめです。
脱線はまだ続く。
さて、マスクは日本の冬の風物詩であるが、はたしていったいいつからこのマスクはこんなに普及したのだろうか。
ダイヤモンド・オンライン2011年12月27日配信の記事『年々増加傾向にある「マスク族」 「風邪でマスクなし」は今やマナー違反!?』によれば、マスク市場の拡大がはじまったのは2003年ころからだという。2008年ころからさらに増加傾向で、2011年は原発事故の影響もあって爆発的にマスクが売れたそうだ。
さらに時代をさかのぼると、1934年に書かれた寺田寅彦の随筆『変わった話』にこんな一節がある。
<マスクをかけて歩く人が多いということは感冒が流行している証拠にはならない。流行の噂に恐怖している人の多いという証拠になるだけである。>(寺田寅彦『俳句と地球物理』ランティエ叢書 角川春樹事務所 1997年 p.69)
今から80年ほど前にはすでに風邪予防でマスクをして歩いている人がいたようである。
さらに以前に風邪予防にマスクをしていた人がいたのか、いちばん最初に風邪予防目的でマスクをし始めたひとは誰だったのかおおいに関心があるところだ。
おそらく検索しまくれば答えを見つけることもできるかもしれないが、年も明けたし今晩はこれくらいで切り上げることする。
夜更かしをせず睡眠をしっかりと確保することもまた、風邪の予防には有効なのである。