40代未熟論ーAERA特集『50歳の新・幸福論』を読んで2

〈江分利は当時33歳になったばかりだ。江分利は残りの人生で何ができるのだろうか。身体は衰えはじめた。才能の限界はもう見えた。山内教授の借金だけでも返済することができるだろうか。夏子に笑いを回復させることができるだろうか。庄助を1人前に育てられるだろうか。江分利は念願の短編小説をひとつ世に残すという事業を行えるだろうか。その他もろもろの念願をどこまで果たせるだろうか。こころもとない。ハナハダ、こころもとない。夏子にも庄助にも言えないことを、この外人に言ってみようか。

   江分利は辛うじて口をひらく。

「ウェオ…アイム…ステオ・イン・マイ・アアリイ・サーリース(l'm still in my early thirties)」俺はまだ30代を過ぎたばかりだ。だからまだ、だからまだ、何かが……。

「イエス」とピートが強くさえぎる。驚くじゃないか、ピートの目が輝くのだ。大粒の涙が蠟燭の灯に光るのだ。こいつ、分かるのかな、と思ったときはもうイケナイ。江分利の目の前がかすんできた。〉(山口瞳江分利満氏の優雅な生活』新潮社 昭和43年 p.86)

 

山口瞳の小説『江分利満氏の優雅な生活』の1シーンだ。

舞台は昭和30年代。主人公江分利満は東西電機に勤めるサラリーマン。夏子という妻と庄助という息子がいる。父が作った借金もある。冒頭のシーンは、停電の夜に江分利が抱える色んな思いを下宿人のアメリカ人、ピートにつぶやくシーンだ。

 

先日発売のAERAの特集『50歳の新・幸福論』を読んで、現代社会ではいっそのこと50歳で大人になると考えるべきではないかと述べた。50歳で大人ということは、現代の40代はまだまだ未熟であるということだ。

実際、40代前半のぼくの友人たちも、口をそろえて「四十にして惑わず」とは程遠いという。四十にして惑い多し、四十不惑ならぬ四十多惑といったありさまで、年若い友人たちは呆れて笑うだろうけれども。

 

四十代、大雑把にいって団塊ジュニア世代がまだまだ未熟であるのにはいくつか社会的な理由がある。

社会の高齢化、高度化、多様化だ。

 

社会の高齢化により、団塊ジュニアにとって「上がつかえてる」状態が長らく続いている。上の世代がいつまでも一線で大活躍しているおかげで、自分たちが第一線に立つ機会が遅れている。人は第一線の現場でこそ成長する。

 

 明治時代の偉人はみな若くして活躍しているが、あれは彼らが個人として立派だっただけではない。ほかにやる人がいなかったから、年若くして彼らがやるしかなかったのだ。ギリギリの第一線に自ら立ち、失敗し傷を負ってこそ人は大人になるのだ。そのとき生物学的な年齢は関係ない。

 

ガンダムに例えて言ってみる。さっきググッたら、ブライト・ノアは19歳だった。ブライトさんより自分のほうが大人だと言い切れるかどうか、ぼくは不安だ。

 

だんだん言い訳がましくなってきたが続ける。

社会の高度化に伴い、要求される専門知識も高度化した。高度化した専門知識を身につけるには時間がかかる。

昔だったら中学や高校出てすぐ働ける場所はたくさんあったが、今は大学院卒業がスタンダードな業界も少なくない。その分社会人になるのは遅れるわけで、これもまた精神的に大人になる時期が遅くなる一因である。

 

この傾向は今後も強まることが予想される。

さらに高度化した社会では身につける専門的技能は一種類ではダメで、次から次へと新たな専門的技能を習得していくことが求められる(リンダ・グラットン『ワーク・シフト』 プレジデント社 2012年 第8章)。その分一人前になるための時間が必要になるわけで、大人の階段はさらに段数が増えることになる。

 

四十代が未熟である最後の社会的理由は、多様化だ。

ひとつの会社や職種を選び、そこで定年まで勤め上げるというモデルは普遍的なものではなくなった。結婚し、2人子供を育て、マイホームを買い、というのも当たり前ではなくなった。社会の多様化により人生の選択肢は増えた。

昔に比べて「なんでもあり」なのが今の四十代だ。

人生の選択肢が増えたのはよいことだ。しかし増えた選択肢は、ぼくらに選択を迫り続ける。選択することは迷うことで、人生の分岐点に立つたびに我々は惑い続ける。大人の悟りと諦観は、まだ遠い。

 

そんなわけで現代日本の四十男は未だ大人とは言えず、未熟なまま右往左往する。

週末深夜に目を覚まし、モニターの前に座り、あてどもなくジャンク情報の砂漠を放浪する。そして今晩も人生の答えらしきものを見つけられなかったことにため息をつきながらつぶやくのだ。「アイム・ステオ・イン・マイ・フォーティーズ」と。

 ま、未熟なのはぼくだけかも知れませんけども。

 

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

 

 

www.amazon.co.jp

関連記事

hirokatz.hateblo.jp

hirokatz.hateblo.jp

hirokatz.hateblo.jp