「ぼくが十数年前にこの仕事に就いた時と比べて、格段に仕事はやりにくくなってますね」。
ゆれる救急車の中、前の席の救急隊員が言った。
急に具合が悪くなって集中治療が必要となった患者さんを大きな病院へ搬送した帰り道のことである。
こうした医療機関から医療機関への患者さんの搬送というのはよくあることなのだが、多くの場合、搬送元の病院から医師や看護師がつきそいのために一緒に救急車に乗っていく。
受け入れ先の病院のスタッフにどういう状況だったかを説明したり、万が一救急車内で急変したりした時に対応したりするためである。
忙しいなか、患者さんを受け入れてくれた相手の病院に精いっぱいの礼儀を示す意味も多少あるかもしれない。
救急患者さんを相手の病院にお願いしたあと、一緒に行った医師や看護師は救急車に乗せてもらって自分の医療機関に送ってもらう。
実は救急隊の法的な仕事は患者さんを病院に運ぶまでで(消防法第2条の9項:http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S23/S23HO186.html)、一緒に乗ってつきそった医療スタッフを帰りに送るというのはあくまで慣例と救急隊の善意である。
ぼくの後輩のドクターで、患者さんに付き添って救急車に一緒に乗って山奥の病院に連れていったら、「忙しいから」との理由で山奥の病院に置いてきぼりにされた奴がいた。
話をもとに戻します。
「昔と違って、高齢者同士の夫婦だけで住んでる家も多いじゃないですか。
だんなさんが倒れたっていわれて駆けつけてみると、一緒に住んでる奥さんが認知症の方だったりすることもあるんですよね。
だんなさんはすぐに病院に運ばなきゃいけないんだけど、元気なほうの奥さんが結構シビアな認知症の方だと、その場に一人で奥さんを置いていくわけにもいかないじゃないですか。
役所が対応してくれることもあって、一人残された認知症の奥さんのフォローをしてくれるんだけど、なにぶんお役所でしょ。
5時を過ぎると電話にも出てくれないんですよ。
救急はやっぱり夜が多いんで、そうするともう大変。
倒れた患者さんを受け入れてくれる病院に頼み込んで、入院するだんなさんの横に簡易ベッド用意してもらって、なんとか役所が開く翌朝まで認知症の奥さんのほうも泊まらせてもらうようお願いしたりとか」。
なるほど、救急患者さんの家族のことまで救急隊が手配しないといけないんですね、とぼくが言う。
「ここらへんの地域は息子さんや娘さんがいても離れて暮らしてる家もたくさんあるでしょ。
お父さんやお母さんが倒れて今から病院に搬送しますので、すぐ来てください、なんて電話しても、こちらに来るまで何時間もかかりますよね。
受け入れる病院のほうからも、必ず<家族に連絡はついてるんですか>って聞かれますしね。
で、家族に電話するんですが、深夜だったりするでしょ。
最近の電話やケータイって、発信元の電話番号が表示されるじゃないですか。
見たことない電話番号から深夜に電話がかかってきても、そもそもみんな電話に出ないんですよ」。
なるほどなあ。
確かに見知らぬ番号から深夜に電話かかってきたらめちゃめちゃ警戒するなあ。
それにもし出たとしても、「××消防署の者ですが、ご家族が入院されまして、すぐ来てください」なんて言われても、オレオレ詐欺みたいでもっと警戒するだろうし。
「消防署の電話番号からかけても出てもらえないんで、仕方ないからご本人の携帯から家族にかけるんですね。
そうするとたいていは相手の電話に番号が登録されているから出てくれる。
で、最近ってスマホじゃないですか。
患者さんからスマホ借りてもロックがかかってるんですよ。
意識を失った患者さんもいるし、指紋認証なら指を借りてやるからまだいいけど、ナンバー打ち込むロックだとほんと大変です」
そういうときってどうするんですか。
「スマホを光にかざして、指紋のあとがついてる場所からロックに使われている数字を推測してね。
おそらくこれとこれとこれの組み合わせじゃないかって推理して、順列組合せで押していったりするんですよ」
救急隊員の仕事をやるのに探偵のトレーニングまで必要になってくる時代とは。
そんなこんなで救急隊の方の話はまだまだ続いたのだが、それぞれの仕事の大変さというのは言われてみるまで気づかないものである。
(FB2014年10月17日を再掲)
↓救急隊への電話の仕方にも、コツがあるのです。
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