真の成長戦略とは―METSELAプロジェクトの提唱 2(R)

2010年6月に書いたものを再掲。中国の「一人っ子」政策が撤回されたりして、年月の移り変わりを感じます。

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日本は危機をどう乗り越えてきたか

 少子高齢化は日本の大きな危機である。この危機を我が国はどう乗り越えていくべきかは歴史が教えてくれる。

 昔、カリフォルニア州の自動車排ガス規制が強化されたころ、厳しい排ガス規制は自自動車販売の妨げになると考え、アメリカの自動車会社は100人の弁護士を雇うことで対抗し、日本の自動車会社は100人のエンジニアを雇うことで対抗しようとした、という笑い話がある。この話は、危機的状況には技術開発で対応する日本の姿勢を象徴している。この笑い話だけでなく、国内の人件費が相対的に高ければオートメーション化で対処し、ガソリン価格が上がれば燃費を向上させる努力をするなど、我が国は、危機に際し技術の力で乗り越えてきた。

 幸いにして我が国の技術力はいまだ十分高い。「高学歴ワーキングプア」と言われるように、博士号を取得したにも関わらず十分に活かせていない若い人材も多い。足りないのは超高齢化という不安に対し、どう乗り越えていくのかという国家的ビジョンではないだろうか。

 超高齢化という最大の不安に対し、最大の武器である技術力と最大の人口の持つ最大の資金、すなわち高齢層の持つ個人資産で挑むことこそが肝要である。

老いてゆくアジア、高齢化する世界

 今までの項で、日本の国内事情から高齢社会を解決するのに労働集約的な方法では限界があること、我が国の強みである技術力を活かして乗り越えていくべきことを述べた。

 これに加え国外の事情を考えてみたい。

 中国は現在、世界の工場兼巨大マーケットとして注目を集めている。日本の中位数年齢が43.78歳なのに対し、中国の中位数年齢は34.52歳と若く(10)、活力に満ち溢れた若い国として世界の中での存在感を急速に高めている。しかしながらこの若く巨大な国も、予測によると2024~2026年には高齢化14%を越え、高齢社会を迎える(11)。

 中国では人口抑制のため1979年より一人っ子政策が始められた。人口抑制の面からはこの政策はうまく行ったが、大事な一人っ子を両親や祖父母が徹底的に甘やかすために、「小皇帝」として“6つのポケット”を自在にあやつりわがままに育つ子どもが出るなどの社会問題をも生んでいる。

 この一人っ子政策のために、2010年現在の働き盛り世代が引退していくころになると彼らを支える人口が減り、単純に考えると成人した一人の「小皇帝」は、二人の両親、四人の祖父母を支えていかなければならない。

 また若い新興国の高齢化という面では、インドも同様に2020~2022年には高齢化率7%の高齢化社会、2043~2049年には高齢化率14%の高齢社会を迎えるといわれている。その他のアジア諸国でもいっせいに高齢化が進んでいく。1950年には4729万人であったアジアの高齢人口は、2050年には7億5005万人にまで急増し、アジアでは人口爆発の時代から「高齢人口爆発の時代」に入りつつ、と大泉敬一郎は指摘している(11)。

 さらにアジア外へと目を向けてみる。ドイツのマックス・プランク協会レポート『老いの探究』は、先進国の寿命についてこう分析する(12)。

 1840年以来、先進国の寿命は右肩上がりで延びている。女性の寿命が世界最長の国々では、過去160年間に1年に3カ月近く、驚くほど規則的に平均寿命が延びている。1840年にはスウェーデン女性が平均寿命45歳で世界のトップグループだったが、現在は平均寿命86歳弱の日本女性が最も長寿である。平均的に女性の方が長生きするが、1840年以来、男性の長寿記録も直線的に延びており、女性に引けをとらない速度である。
 (ペーター・グルース編『老いの探究 マックス・プランク協会レポート』)

 

 同レポートはこうも述べる。

 先進国の人々は自分の予想より長生きすると考えてよい。今日ドイツで生まれた子供が22世紀まで生きて、100歳の誕生日を迎える可能性は50%を超える。現在の基準での長寿は、将来の世代では特別なことではなくなる。現在30歳以下の若い人にとっては、90歳台の広範まで生きることが例外ではなく、むしろ当たり前になるだろう。
 (同上)

 

 上述したアジアと先進国の高齢化は二つのポイントで重要である。
 重複するが、一点目は人材の確保、特に若い人材の獲得競争が苛烈化するということである。

 現在、日本国内で不足する福祉・介護・看護人材を海外に求めようとする動きがあるが、これは前提に、若く相対的に安価な人材が国外に豊富に存在すること、そうした人材にとって我が国が魅力的な職場であることを必要としている。しかし、世界中で若い人材の割合が減り、人材供給元である母国やほかの先進国でもそうした人材が必要となるのであれば、わざわざ母国を捨て、数ある先進国の中から日本を選んでくれるかどうかは疑問である。そうした人材にとっては英語圏福祉・介護・看護の経験を積めばいくらでも転職先はあり、引く手あまたになるのだ。日本が労働集約的に超高齢社会に対応しようとする問題点はそこにある。

 アジア、先進国の高齢化のもう一つの意味は、高齢者マーケットの急速拡大である。高齢者は多様で多彩であるが、一方で国境や言語、文化を越えた特性を持つ。どこに住み、どんな宗教を持とうと、人は必ず老いていく。世界の警察を自任する国の大統領であっても、世界一のビリオネアであっても、老いと死からは逃れることが出来ない。むしろそうした権力や財力のある人ほど、自分の力でどうにもできない問題として老いと死への恐怖は強いだろう。高齢者向けの製品・技術開発は、人間の根源的欲求に根差すという質的優位と巨大なマーケットという量的優位をあわせもつ分野なのである。

 人類の2000年間で最大の発明は何か、という問いに、心理学者のニコラス・ハンフリーは、こう答えた。「もっとも重要な発明は読書用眼鏡だ。それは読書や細かな仕事をする人の活動期間を事実上二倍に伸ばし、世界が四十歳未満の連中に支配されるのを防いでくれた」(13)。

 仮に読書用眼鏡、すなわち老眼鏡を作る権利を日本が独占している場合を夢想すれば、高齢者向けの製品・技術開発がどれだけの富を継続的に産み、どれだけの人々の助けになるかわかるだろう。

 また医療費や介護費用はかなりの部分が人件費であることを考えると、こうした高齢者の自立を手助けする製品や技術が普及し、その分介護人材の手を借りずに生活できるようになれば、総合的には社会保障費の増大の緩和にも役立つ可能性があるだろう。

 上記、国内・国外の事情を考えていくと、超高齢社会に対し、労働集約的にアプローチすることの限界と、科学技術を結集させて克服することの重要性、高齢者向けの製品・技術開発の持つ意義などがわかる。

METSELAプロジェクトとは何か

 ここでMETSELAプロジェクトを説明する。

 METSELAプロジェクトとは、Multi-fields Efforts of Technological, Scientific, sociological, and Ethical researches for Longevity and Aging societyの頭文字を取ったもので、「長寿と高齢社会のための科学技術、社会学倫理学的な多方面研究」の略である。読んで字のごとく、高齢化社会における諸問題を技術的、科学的に解決しようという考えであり、同時に健やかな長寿を達成するための研究も意味する。

 個々の分野においては現在でもそれぞれの研究がなされているが、国家のプロジェクトとして多分野間で連携し、産業にまでつなげていくところに意義がある。

 超高齢社会は、個々人の努力や善意だけで乗り越えるとするのではなく、個人と社会と国家との協力のもと、科学技術の力を使って乗り越えていくべき課題ではないだろうか。現在の日本社会を覆う漠然とした不安感、「少子高齢化により日本は先細りではないか」という感情を払拭するには、国家が超高齢化に正面から取り組み、積極的に関与すると宣言することそのものが、国民を力づけることになる。すなわち、METSELAプロジェクトは、単に経済的な成長戦略というだけではなく、今現在の日本の危機に対する処方箋でもある。

 もう少し具体的に述べる。

 METSELAプロジェクトでは即時的、短期的、中期的、長期的、超長期的な取り組みに分かれる。実現時期と内容の大きさはある程度相関し、今すぐ実現できるものは現実的だが比較的小粒で、実現時期が先になればなるほど革新的で影響力が大きいものになる。

 即時的取り組みとして、まずは先述のシルバーランチや高齢者が使いやすい商品群の開発など今すぐできる工夫、アイディアを製品化していく。

 この際大事なのはパッケージ化、ブランド化である。世界的な大ヒット商品、iPodを例にとって説明したい。

 599ドルのiPhone 4は、合計187.51ドルの部品で出来ているという(14)。製品価格599ドルと部品総額187.51ドルの差は411.49ドルであり、その差411.49ドルを生むものこそアイディア力であり、ブランド力であり、パッケージング力である。個々の企業がそれぞれ独自に超高齢化に対する良質の製品を開発するということはもちろん大事だが、それはiPhone4でいえば部品一個一個の価値を高めていることに過ぎない。今、日本の研究・産業政策で必要なのは、優れた部品を組み合わせ、まったく新しいライフスタイルをパッケージで生みだしブランドとして確立する力、わかりやすく言えば「大風呂敷を広げる」力なのである。

 METSELA プロジェクトは現実的な商品開発から高齢者が暮らしやすい街づくり、社会システムの整備、法制度の研究、さらには超高齢社会における倫理、哲学の研究といったもの全てを包含する。重要なことはそれぞれの研究、製品開発をまとめ、一つのMETSELAブランドの元に世に送り出すことである。そのことによって、超高齢化という難問に国家を挙げて取り組むという姿勢を国民に示し、同時に世界の市場での存在感を増すことが出来る。

 そして即時的に商業ベースに乗ったMETSELA製品群に一定のブランド使用料を課し、それを研究部門に再投資していくことで、プロジェクトを継続させていく。製品の品質管理、ユーザーとの近さ、国内雇用の確保の観点から、国内生産されたもののみにMETSELAブランドを認めることも考えられるだろう。METSELAブランドは複数の研究機関、企業などで運営されることになる。一つのコンセプトのもと他業種が商品を提供していく先行事例としてアフリカのエイズ救済のためのREDブランド(15)や、日本のWiLLプロジェクトがあり、参考になるだろう。

 3年~10年の短期~中期的な研究・開発分野としてはロボット技術やIT技術の活用がある。すでに筑波大学大学院の山海教授らは、筋肉を動かす際に筋表面で発生する微弱な電位信号をとらえて、筋肉の動きと一体となってパワーユニットを動かし、身体機能を増幅するロボットスーツシステムHAL(Hybrid Assistive Limb)を実現し、CYBERDYNE社として商業ベースに乗せつつある(16)。

 5年~20年の中期的な研究・開発としては医薬品分野が主になるだろう。日本発の高齢者市場向けの成功例として、軽症・中等症アルツハイマー病の治療薬『アリセプト』がある(17)。『アリセプト』は、脳内神経伝達物質アセチルコリンの分解酵素の働きを抑えることで記憶障害などの認知症の症状進行を遅らせる薬で、2011年度の世界売上予測は2750億円に上る(18)。この日本発の「アリセプト」は、日本の持つ科学技術の力によってアルツハイマー病で苦しむ世界中の患者とその家族に救いを与えた例である。

 また、アルツハイマー病に関しては、現在ワクチンによる治療が国内でも複数開発中であり、東京都神経科学総合研究所のチームでは「理論的には現在の形でヒトにすぐにでも臨床応用が可能」としている(19)。

 加齢に伴う課題として、高齢者の筋力低下も科学的アプローチが可能である。筋委縮に働くとされるMAFbx(muscle atrophy F-box protein)やMuRF-1(Muscle-specific RING finger-1)などの物質の働きを抑える薬品が開発されたら、加齢や長期の寝たきりによって筋肉が衰えていくことを防げるようになるかもしれない。

 20年~50年の長期的な目標としては、超高齢社会における都市計画、社会デザインや法規制の完成が挙げられる。高齢者が例外ではなく大多数となった社会において、都市はどのように計画・設計されるべきか、「振り込め詐欺」に代表されるような高齢者をターゲットとした犯罪はどのように防ぎえるのかといった社会デザインや法規制の問題も解決していかなければならない。

 METSELAプロジェクトはこうした多分野連携、長期的・複合的取り組みであり、わかりやすい目標として「100歳でも健やかに自立し尊厳を保てる社会を作り出す」というスローガンのもとに物事を進めていくとよいだろう。

 「人類を月に送り込む」という荒唐無稽なアポロ計画は、アメリカ国民と全人類に夢を与えた。METSELAプロジェクトもまた、超高齢社会に対し国家が全面的に取り組む姿勢を見せることで国民の不安を払拭することが期待される。アポロ計画が人工透析技術やフリーズドライ食品など一般社会に役立つ多くの副産物を生んだように(20)、METSELAプロジェクトもまた、多くの副産物を生むだろう。

 『創世記』において、メトシェラはその969年の生涯のうちにレノクをはじめ多くの子どもたちを生んだ(21)。METSELAプロジェクトもまた、たくさんのものを産む。そしてもしかしたら、METSELAの子孫たちの中から、全ての生命をさらなる災厄から救うノアさえも生まれてくるかも知れない。(続く)
(2010年6月のレポートを再掲)