日本に必要なもののひとつに悪魔の代理人、devil's advocateというのがある。
ある考えについて議論や検討を深める目的で、わざと批判的なことを言ったり反対意見を言ったりする役回りの人のことだ。
先般話題になっている経産省『次官・若手プロジェクト』を、悪魔の代理人となって読んでみた。『次官・若手プロジェクト』pdfはこちら↓
http://www.meti.go.jp/committee/summary/eic0009/pdf/020_02_00.pdf
悪魔の代理人は議論を深めるための役回りなので、誰かを人格攻撃したり『次官・若手プロジェクト』ペーパー自身が無意味と言いたいわけではないことをあらかじめ念押ししておきたい。
まず第一印象は『頭のいい人たちが、エラい人たちに「若い人たちは頼もしいね」と言われるために作った見栄えのいい資料』という感じ。
エラい人に頭を撫でられるためには、エラい人たちが感じていること、思っていることを先回りして察してあげて、一見新しい風の形式で発表してあげるとよい。
間違えてもエラい人たちの心の中にある既存概念をおびやかしてはいけない。
「俺たちは定年越えてもがんばってるのに高齢者の多くはテレビばかりみていてケシからん。それもこれも全部国の社会保障が甘いせいだ。これからはグローバルな世の中だよ、キミたち。インターネットとかもっと使って、なんかこう抜本的に社会のありかたを変える必要があるんじゃないかね?幸福ってのはお金じゃないしね」という、功成り名を遂げた年配のエラい人の心象を汲んであげてカタチにしてあげれば喜ばれるというものだ。
だいたい頭のいい人っていうのはエラい人好きである。
『次官・若手プロジェクト』のメンバーの過半数はそういうエラい人好きなのだろうと邪推する。資料2ページ目の意見交換相手の顔ぶれはみな「○○教授」とか「○○長」とかいう大御所級の人々ばかりで、今ギラギラと油ギッシュに活動しているような、「エネルギーがあふれるけど賛否両論、敵も多いけどなにかやらかしそうな人」はいない。
ヒアリング先からして無難な感じで、「なんでそんなヤツに話し聞いたの?」みたいに批判される恐れのない相手ばかりのセレクトであろう。
新しそうに見えて新しくないというのもキモだ。
本当に新しい概念というのは、聞く人を不安にさせる。エラい人に頭なでてもらうには、一見新しいけど実はそんなに新しくないくらいのレベルの話がよい。
社会保障制度が個人を甘やかす、なんてのは80年代のサッチャー、レーガンのころから人気のある見方だし、さらにさかのぼれば1957年のアイン・ランド『肩をすくめるアトラス』にたどりつく。
麻生さんあたりもその手のことはよく言いますね。
子どもたちへ投資、という話も、どういう立場で言ったかを除けば新しくない。阿部彩『子どもの貧困』(岩波新書)が出たのが2008年だ。
p.65の高齢化するアジアの話も、大泉啓一郎氏が2007年には『老いてゆくアジア』(中公新書)で問題提起している。
民が担う公という話も、特定非営利活動促進法(NPO法)が施行されたのが1998年のことだし、民主党政権時代にはずいぶん「新しい公共」みたいな議論がされた。
別に新奇性だけがすべてではないが、歴史的経緯を知らないで「新しいことを提案します!」みたいに論ぜられていたとすると残念だ。
資料p.8の「2.政府は個人の人生の選択を支えられているか?」に列挙された①~⑤の各項目も、レベル感やレイヤー、規模が異なるものを並列して平気なのも気になる。コンサルに「これってMECEなの?」と冷笑されかねん。
たとえば①居場所のない定年後の問題と⑤活躍の場がない若者、の問題は(雇用としてとらえると)トレードオフ、両方いっぺんには解決できないかもしれない。
シニアを雇用延長するならその分若者の席は減るし、それがたぶん露骨に起こっているのがアカデミアの場だろう。任期付教官ポストのいかに多いことか。
論理展開、因果関係の詰めの甘さも気になるところだ。
p.32-33あたりも、「若者は社会を変えられると思っていない」ことと「新入社員の働く目的が楽しい生活をしたい」ことが因果関係なのか相関関係なのか無関係なのか詰めないまま雰囲気で流している。
それからなによりも残念なのは、経済産業省なのに「パイを増やす」論点が一つもないことだ。高齢者から子どもへの再分配の方向性を変えるってのは総論賛成な話だろうし、少子高齢化の日本でこれ以上経済成長の余地はないという気分はよくわかるけど、経済産業省が「パイの拡大」の話をしないで誰がするんだ、という気がする。
スマートグリッドの話も最近聞かないし、クールジャパンでインバウンドでウェーイって話も次の盛り上がりはないしなー。
資料を最後まで読んでも具体的な政策は出てこない。なんとなくいいこと言ってる気がするけどよく考えるとあたりまえ、みたいな、『あたりまえポエム』的な読後感のペーパーだった。
たぶん賛否が分かれるような、エッジの効いた提案は引っ込めて資料を作ったのだと思う。ぜひとも具体策盛りだくさんの、野心的な第二弾を期待したい。
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