withコロナは、命と経済と人権のトリレンマ。

その国では、ほとんど全ての国民の靴に極小の発信機が仕掛けられている。発信機は政府の要請により、工場出荷時や輸入品ならば税関で極秘裏に靴の中に設置される。店舗やネット販売で靴が購入されるときに使われるクレジットカードの個人情報と紐付けられ、別のデータベースに登録されている家族構成データ(家族の男女や年齢構成がわかる)と自動照合して、どの靴がどの国民によって履かれているかはかなりの精度でわかる。


発信機によりほぼ全ての国民の正確な位置情報や体温(の近似値)がリアルタイムで政府により把握され、必要であれば盗聴もされる。
もし発熱している者がいれば、政府の役人が直ちに駆けつけ、発熱者を「保護」する。「保護」された国民は、「保護」されたまま帰ってこないことも少なくないのだが。
この靴を使った国民監視技術は「IoS」、すなわちInternet of Shoesと呼ばれ、国家の最高機密の一つである。幸い、今のところ中国の近未来SF小説『セレモニー』(王力雄・著 藤原書店 2019年)の中だけの話である。

写真の説明はありません。

念のため繰り返しておくと、冒頭の話は今のところ架空の話である。
だが、ある程度の誤差(現金購入の場合は購入者が特定できない。ただし店の会員カードの情報と紐付ければ可能。また、プレゼント用の靴の場合には情報修正が必要だ。日本のような、室内で靴を脱ぐ生活習慣の国では得られる情報量はわずかに減るが、ベッドまで靴を脱がない国も多いし、そうした国ではIoSは誰と誰が寝室をともにしているか、公然の仲か非公然の仲かを問わず国家が把握できることになる)を許容すれば、技術的には可能だ。


架空の話はここまで。
週末に、新型コロナと社会的影響についてオンラインでディスカッションする機会を得た。
その中で意識化されたのが、withコロナというのは、命と経済のジレンマだけではなく、命と経済と人権のトリレンマであるということだ。
見えないウイルスの脅威の存在下では、究極的に命を守るには他者との物理的接触を断たなければならない(もちろん極論だ)。
そしてこの外出自粛期間に痛感されたように、経済を回すには他者との物理的接触がほぼ不可欠だ。他者との物理的接触なしにガンガン経済を回せるものと言ったらオンラインゲームくらいしか思いつかない(ネトフリとかありますけど、制作段階まで考えるとね)。
そこに命と経済のジレンマがあるのだが、思考実験として大幅に人権を制限すれば(あくまで思考実験ですよ、念のため)、かなりの程度、命と経済を両立できる、というかできてしまう。


あくまで思考実験だけど、サーモグラフィーであらゆる場所で国民の体温を計測しデータベース化し、発熱者を「保護」し、同時に発熱者の行動履歴から過去14日に渡って接触した者を洗い出して、それぞれの者を「保護」して巨大施設で社会から「ソーシャルディスタンス」すれば、かなりの程度、コロナ下で命と経済を両立できてしまうだろう。
googleとアップルの共同開発アプリ「コロナ濃厚接触通知アプリ」とかはまさにそういう思想に基づいた設計なはずだが、あまりそこらへんは言われない。

k-tai.watch.impress.co.jp


冒頭の小説のテーマの一つは、どんなに科学技術が進歩しても、技術と社会の「結節点」である人間の賢さ愚かしさにより事態は良くも悪くもなるというものだった。
新型コロナ存在下で、命と経済と人権の「結節点」である我々は、どう振る舞うのだろうか。

 

付記)友人Mに教えてもらったけど、下水中の新型コロナウイルスを分析することで地域の感染状況を把握するという研究もおこなわれていると。裏取りはこちら↓

www.metro.tokyo.lg.jp

現実的な政策としてはまったく反対しないし、臨床医としては賛成。

ただし、下水採取を細かくやっていけば、理論上はどの家にコロナ感染がいるかは把握できる。身体情報は究極の個人情報であり、身体情報を無制限に他者に把握されるということは、「あそこの家からコロナが出たらしい」とか近所で噂されるとか、「あいつの家族がコロナになったから仕事はクビだ」とかいう状況を作りうることだから、ほんとはおっかないことだ。
要は、身体情報を突き詰めていくと究極の個人情報につながる、ということを意識できるかどうかですな。

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www.hirokatz.jp

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