自分に使うことを禁じている言葉がいくつかあって、「パラダイムシフト」もその一つだ。
禁じている最大の理由はトーマス・クーンの著作をまだ読んでいないことだが、そもそも「ある時代のものの見方・考え方を支配する認識の枠組み」である「パラダイム」がそんなにしょっちゅう変わってよいわけはないから、そう簡単に「パラダイムシフト」なんて言葉は使わないほうがよい、と思っている。
しかしながら今回は、思わず「パラダイムシフト」という言葉を口走ってしまった。
新型コロナによる社会の変容をオンラインでディスカッションしたときのことだ。
参加者より「医療者として、新型コロナから国民に何を学んでほしいか」という質問が出た。
思わず口走ってしまったのが「パラダイムシフト」である。
まとめるとこんなことになる。
新型コロナから学べることは、
・世界がVUCAであること。
・世界が「アッチェレランド」に突入していること。
・ゼロリスクはありえないこと。
である。
VUCAはもともと軍事用語で、ぼく自身は山口周氏の著作で知った。
Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとったのがVUCAである。
刻一刻と状況が変動し、よくわからず治療法もまだまだ曖昧で、都市封鎖や国内外との人の移動の制限など人間の対策によって状況がどんどん変わる複雑性を持つこの新型コロナ騒動は、まさに世界がVUCAであることを可視化した。
「アッチェレランド」はもともと音楽用語で、「次第に速く」という意味だ。英国エコノミスト誌編集部による『2050年の技術』(「はじめに」 文藝春秋 2017年)で知った。
新型コロナはまだまだ未知のウイルスだが、世界中で超急速に研究が進んでおり、一説には世界中で毎週3000本もの論文が出ているともいう(ただし専門家からみると玉石混交らしい)。
治療薬やワクチンの開発もかつてないほどの規模とスピード感で同時並行で行われており、まさにこの状況は「アッチェレランド」にほかならない。
何か一つ発見があればそれは次のいくつもの発見につながり、どこかの国が何か施策を打てばいくつもの国々がマネしたりマネしなかったりする。
打たれた施策が社会にドミノ倒しのように影響を与え、結果が次の事象の原因となり、変化は加速していく。
そしてまた、感染リスクを恐れて社会活動をストップさせれば経済リスクが爆増し、経済リスクを恐れて社会活動を再開させれば感染リスクが激増する。
何かを得るには何かを捨てなければならず、もともと生きることにリスクはつきものなのだが、それを新型コロナが痛いほど思い知らせてくるわけである。
こうした変化がもし社会に起こり、国民全体がこの認識のもとにこれから生きていくとしたら、やはりこれは「パラダイムシフト」と言わざるを得ないのではないだろうか。